第66話 賊の頭の正体が、俺を追放した男だと分かった
昨日、麦倉を襲いに来た賊二十人を、鐘ひとつで眠らせた。
二十人は今、村の畑で鍬を持っている。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。ただし、書き換えないで読むだけでもいい。
俺は懐から、布に包んだ鉄の欠片を出した。
§ § §
奪われた荷を呼び戻したとき、袋の底から一緒に出てきたやつだ。
行商の品ではない。賊が入れて、忘れていったものだ。
布を開くと、指ほどの長さの、刃の先だった。
根元が斜めに割れている。折れた剣の、折れたほうの先端。
枠が浮かぶ。
§ § §
[鋼の長剣『竜牙』の切先]
価値 銅貨0枚
母体より破断(断面の摩耗より一年以上経過)
銘『竜牙』=あとから彫られたもの
製造 六年前・王都の量産工房
所持者記録 ガイ・オルド
§ § §
書き換えなかった。
指も動かさなかった。
ただ、そこに出ている名前を、二回読んだ。
「……ガイか」
声に出すと、思っていたより普通の音だった。
§ § §
コハクが俺の手元を覗き込んで、垂れ耳を片方だけ持ち上げた。
「ご主人様。それ、光ってないです」
「書き換えないからな」
「読むだけ、ですか」
「読むだけでいい。もう、全部書いてある」
§ § §
広間にダレンとルミナを呼んだ。
切先を机に置くと、ダレンが真っ先に手を伸ばして、途中で止めた。
「……この赤い石の跡は、柄の三つのやつだな」
「見覚えあるか」
「四年見た。毎晩磨いていたからな。磨きすぎて、あの石はいつも欠けていた」
§ § §
ルミナが、口を手で押さえたまま座り込んだ。
銀の髪の先を指で挟んで、離して、また挟んでいる。近くに座ると、いつもの石鹸の匂いが少しだけ弱い。
「わたし……パーティを抜けたとき、あの人、まだSランクでした」
「再審査に落ちたって噂は、王都で聞きましたよ」
「そのあとが、分かりません」
「聞いてないんですか」
「聞きたくなかったんです。ごめんなさい」
§ § §
ルミナは、謝らなくていいところで謝る人だ。
俺は椅子を引いて、その向かいに座った。
「謝ることじゃないですよ」
「でも」
「あの人が街道を荒らしてるのは、あの人が決めたことです。ルミナさんは関係ないです」
ルミナが、うなずくのに時間をかけた。
§ § §
ネロを呼んで、切先を見せた。
松明の下で、若い顔が固まった。
「これだ。頭が磨いてるやつの、先っぽだ」
「本体は、どこにある」
「頭の腰だよ。鞘に入れて、刃がねえのに差してる」
「顔は、本当に見てないのか」
「布を巻いてる。でも、髪は見た。赤茶で、後ろに撫でつけてる」
§ § §
左の頬に、傷はあったか。
そう聞こうとして、やめた。
聞かなくても、もう分かっている。
§ § §
ダレンが、机に古い革の筒を置いた。
「領主館の物置にあった。前の領主が三人とも置いていったやつだ」
中身は、虫食いだらけの地図だった。
北の山のあたりが、ほとんど食われて消えている。
枠が浮かぶ。
[虫食いの領地図]
価値 銅貨1枚
北部区画が欠損・年代不明
「じゃあ、書き換えるか」
§ § §
触れるのは価値の数字だけだ。名前は向こうが決める。
[虫食いの領地図]
価値 銅貨1枚
↓
価値 銅貨4000000枚
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 金貨400枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[写し取りの図]
価値 金貨400枚
効果 広げた場所から一日で歩ける範囲の地形と、人のいる場所を映す
§ § §
虫食いの穴が埋まって、羊皮紙が真っ白になった。
白いまま、線が引かれていく。
峠、街道、村、川。
最後に、北の山の中に、赤い点がひとかたまり浮かんだ。
§ § §
「人だな」
「三十弱だ。谷を一つ挟んだ、この窪みにいる」
ダレンが、隈の濃い目で線をたどった。
「昔の鉱山だな。掘り尽くして閉めた坑口が、この裏にある」
コハクが地図に鼻を近づけて、尻尾を振った。
「ご主人様! 絵が、動いてます!」
「動いてるな。便利だ」
§ § §
赤い点の一つが、他から離れて、ずっと動かないでいた。
同じ場所で、朝から一度も動いていない。
セシリアが扇の先で、その一点を指した。
「離れて座っている者が、頭ですわね」
「たぶんな」
「行くのでしょう」
「行きます。街道が止まってるので」
セシリアの扇が、途中で止まった。青い目が地図から上がって、俺の顔で一度だけ留まる。
§ § §
夜、地図を丸めて筒に戻した。
賊の数が三十弱と、場所と、頭の座っている位置が分かった。
俺を四年こき使って、道に捨てた男が、山の窪みで座っている。
虫食いの紙一枚で、そこまで分かる。悪くないよね。
§ § §
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