第65話 麦倉を襲いに来た賊二十人を、割れた鐘ひとつで眠らせた
昨日、村を襲いに来た賊六人に飯を食わせて、畑を起こしてもらった。
六人は今朝も来て、勝手に鍬を持っていった。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
その晩、今度は二十人で来た。
§ § §
教えてくれたのは、畑を起こしていた若いのだった。
名前は、ネロというらしい。
「頭が本気になった。麦倉を焼けって」
「焼くのか。奪うんじゃなくて」
「見せしめだと。奪えねえなら燃やせって言うんだ」
「食い物を燃やして、何が残るんだよ」
「知らねえ。あの人、腹が減ってねえんだ」
§ § §
麦倉は、村の一番奥にある。
石臼が回りっぱなしなので、粉の袋がもう三十を超えていた。
燃えたら、冬が全部消える。
ダレンが櫓に上がって、隈の濃い目を細めた。
「松明が見える。数は二十ちょっとだ」
「弓は」
「ない。あるのは油だな。壺を抱えている」
§ § §
村の広場に、去年から鐘が転がっていた。
昔の見張り塔にあったやつで、縁が大きく欠けている。
叩いても、ごつ、と鈍い音がするだけの代物だ。
俺はその縁に手を置いた。
枠が浮かぶ。
[割れた警鐘]
価値 銅貨2枚
縁が欠損・音が鳴らない
「じゃあ、書き換えるか」
§ § §
触れるのは価値の数字だけだ。名前は向こうが決める。
[割れた警鐘]
価値 銅貨2枚
↓
価値 銅貨6000000枚
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 金貨600枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[眠らせの鐘]
価値 金貨600枚
効果 鳴らした者に害意を向けている者だけが眠る・半時で覚める
§ § §
欠けた縁が埋まって、青銅が水みたいに光った。
コハクが両手で耳を押さえて、俺の背中に下がった。押さえた耳が、手のひらの下でぴくぴく動いている。
「ご主人様、うるさいのが来ますか」
「たぶん来る。耳、塞いどけ」
「わふっ」
§ § §
賊の松明が、麦倉の裏まで回り込んだ。
油の壺を抱えた影が、塀に取りついている。
俺は撞木を引いて、鐘を叩いた。
ごおん、と腹に響く音が、村の上を通り過ぎた。
§ § §
塀に取りついていた影が、そのまま滑り落ちた。
油の壺が、割れずに草の上を転がる。
二十人が、順番に膝から折れて、地面に横になった。
いびきをかいている奴までいる。
「……寝てるな」
「寝てますね」
ルミナが、一人ずつ脈を診て回った。細い指が、松明の光で震えて見える。
「みなさん、眠っているだけです」
§ § §
村の連中が、寝ている賊を縄で縛って並べた。
ネロが松明を持って、その顔を一つずつ照らしている。
「こいつは、去年まで隣国の兵だった奴だ」
「こっちは」
「石切り場が閉まって、行き場がなくなった奴」
「頭は」
ネロが、最後まで照らしてから首を振った。
「いねえ。あの人は、自分じゃ来ねえんだ」
§ § §
鐘は、俺の合図で村の広場に据え直した。
害意のある奴だけが眠る。村人には何も起きない。
デンが撞木の前に立って、姿勢を正した。
「守備隊が、これを預かってよろしいですか」
「頼むよ。あんたが一番、夜に起きてる」
「五年やっておりましたので」
§ § §
セシリアが、寝ている二十人を扇の先で数えていた。
顎を引かないまま、俺のほうを見ずに言う。
「本来なら、全員縛って王都へ送る案件ですわ」
「送ったらどうなるんです」
「街道の賊は重罪よ。半分は戻ってきませんわね」
「じゃあ、送らないでおきますよ」
セシリアの扇が、ぱちんと閉じた。閉じた風で、白薔薇の匂いがこっちに来る。
「……そう言うと思っていましたわ。書類はわたくしが握り潰しておきます」
「いいんですか」
「べ、別にあなたのためじゃないわ。畑を起こす手が減ると、税が減るのよ」
§ § §
朝、二十人が目を覚ました。
縛られた状態で、飯の匂いの中で起きたことになる。
ハーグが椀を配りながら、腰を伸ばそうとして失敗していた。
「起きたか。冷めんうちに食え」
「なんで縛って飯を食わせるんだよ」
「縛ったのは村で、飯を出したのも村ですでな」
§ § §
その日、畑を起こす鍬が二十六本に増えた。
粉ひき小屋の石臼は、夜も止まらない。
麦倉は一粒も焼けていない。
欠けた鐘を一つ鳴らしただけで、村の冬が丸ごと残った。悪くないよね。




