第63話 賊に奪われた村の荷を、破れた麻袋ひとつで全部取り返した
昨日、賊の脅迫状を縄に書き換えて、使いの三人を縛り上げた。
麦は一粒も出していない。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
三日目の朝、隣村の行商が、荷を全部持っていかれた。
§ § §
知らせに来たのは、ニナだった。
裸足はもうやめて、去年もらった靴を履いている。
走ってきたせいで、ぼさぼさの髪がもっとぼさぼさになっていた。
「りょうしゅさま! おじさんの荷車、からっぽ!」
「けが人は」
「ないよ。おじさん、泣いてる」
§ § §
街道まで下りると、荷車が一台、道の真ん中に置き去りになっていた。
馬は繋がれたままだ。馬まで持っていくのは、さすがに面倒だったらしい。
行商の男が、車の縁を握って震えていた。指の節が白い。
「塩と、鍋と、冬の毛布です。村じゅうのぶんでした」
「全部か」
「全部です。半年ぶん、貯めて仕入れたんです」
§ § §
地面を見た。
馬蹄の跡が北へ続いている。数は多い。
その脇に、破れた麻袋が一枚落ちていた。
荷を移すときに口が裂けたんだろう。中に、塩がひとつまみ残っている。
俺はそれを拾い上げた。
§ § §
枠が浮かぶ。
[破れた麻袋]
価値 銅貨0枚
口が裂けている・中身なし
「じゃあ、書き換えるか」
触れるのは価値の数字だけだ。名前は向こうが決める。
[破れた麻袋]
価値 銅貨0枚
↓
価値 銅貨8000000枚
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 金貨800枚
§ § §
枠が消えて、また浮かんだ。
[呼び戻しの袋]
価値 金貨800枚
効果 かつてこの袋に入っていた物を、一度だけ呼び戻す
裂け目がふさがって、麻の目が金色に締まった。
袋が、ひとりでに膨らみ始める。
「うわ」
§ § §
袋の口から、塩の壺が出てきた。
次に、鍋が三つ。
毛布が、次から次へと押し出されて、荷車の上に積み上がっていく。
コハクが袋の口を覗き込んで、鼻を突っ込んだ。
「ご主人様! 出てきます! まだ出てきます!」
「顔をどけろ。鍋が当たるぞ」
「わふっ」
§ § §
最後に、見覚えのない物が出てきた。
布に包まれた、短い鉄の欠片だ。
賊が袋に放り込んで、そのまま忘れていたらしい。
行商の男が首を振った。
「うちの品じゃありません」
俺は布を開かずに、懐にしまった。あとで見る。
§ § §
荷車の上は、元通りになっていた。
塩の壺も、鍋も、毛布の山も、数まで合っている。
行商の男が、荷車の轅にしがみついて泣いた。
「半年です。半年、貯めたんです」
「戻ってよかったですね」
「お領主様、お代は」
「拾った袋で戻しただけなんで。要らないよ」
§ § §
馬蹄の跡は、まだ北へ続いていた。
ダレンが杖の先で、その跡をつついている。
「三十はいるな。馬が半分だ」
「ねぐらは北か」
「北の山だろう。あのあたりは、昔の砦だの鉱山だのが空いたままだ」
「詳しいな」
「学院で地図ばかり見ていたからな。役に立つと思っていなかったが」
§ § §
「今から追うか」
コハクが真っ先に手を挙げた。尻尾が横に振れている。
「コハク、行けます! においを追えます!」
セシリアが扇を開いて、その手をぱちんと止めた。開いた扇から、柑橘の香りが一度だけ流れる。
「およしなさい。日が暮れる前に山へ入る者は、道に迷うか、待ち伏せに遭うかのどちらかよ」
「じゃあ、明るいうちに支度だな」
「そうなさい。荷は戻ったのだから、急ぐ理由はもうありませんわ」
§ § §
村に戻ると、隣村の連中が門の外まで迎えに出ていた。
毛布を一枚ずつ配ると、老婆が両手で受け取って何度も頭を下げた。
ハーグが、その様子を見て鍬の柄に顎を乗せている。
「取られたもんが戻るってのは、初めて見ましたな」
「二度目はできないけどな。この袋、一度きりらしい」
「一度で十分でさ」
§ § §
ルミナが、行商の男の手のひらを見ていた。
轅を握りすぎて、皮が擦れている。
「動かさないでくださいね」
「こんなもの、唾つけときゃ」
「だめです。冬の傷は、治りが遅いので」
細い指が、擦れた皮に薬を塗っていく。塗ったそばから、ラベンダーの匂いが立った。
男が黙って手を出したまま、また泣きそうな顔になった。
§ § §
夜、金色の麻袋を棚に置いた。
もう膨らまない。ただの丈夫な袋だ。
塩と鍋と毛布が、村じゅうの家に戻っていった。
破れた袋が一枚あれば、半年ぶんの冬が戻ってくる。悪くないよね。




