第62話 賊が送りつけてきた脅迫状を、そのまま賊を縛る縄に書き換えた
昨日、街道に鉄の棒を一本立てて、賊の馬を七頭ぶん取り上げた。
馬は今、村の厩で飼葉を食っている。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
その翌朝、村の門に矢が刺さっていた。
§ § §
矢の先に、丸めた紙が巻きつけてある。
ハーグが折れていない腰でそれを抜こうとして、抜けずに二度尻もちをついた。
「お領主様。これは、ろくなもんじゃありませんな」
「まあ、ろくでもないだろうな」
紙を広げた。
炭で書いた字が、太く、下手くそに並んでいる。
§ § §
――麦の三割を出せ。出さねば村を焼く。三日待つ。
それだけだった。署名はない。
コハクが後ろから覗き込んで、垂れ耳を伏せた。
「ご主人様、燃やしますか」
「燃やさない。せっかく向こうがくれた紙だ」
「くれた……ですか?」
「そう。字が書いてあるだろ。字は、証拠になる」
§ § §
昼過ぎに、賊の使いが三人で来た。
顔は隠していない。隠す気もないらしい。
真ん中の男が、痩せた顎を突き出して笑った。前歯が二本欠けている。
「読んだか、領主さんよ」
「読んだよ」
「頭は気が短え。三日と言ったら三日だ」
§ § §
「頭って、誰だ」
「言うわけねえだろ」
「じゃあ、麦の量は誰が決めた」
「頭が決めた。三割だ」
男が指を三本立てた。爪の間が黒い。
「ここは俺らの縄張りになったんだよ。分かるか」
「縄張りな。分かった」
§ § §
俺は矢文を手の中で広げ直した。
枠が浮かぶ。
[脅しの矢文]
価値 銅貨0枚
炭書き・差出人の署名なし
「じゃあ、書き換えるか」
触れるのは価値の数字だけだ。名前は向こうが決める。
§ § §
[脅しの矢文]
価値 銅貨0枚
↓
価値 銅貨500000枚
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 金貨50枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[言縛の縄]
価値 金貨50枚
効果 書かれた要求を口にした者を縛る・要求を取り下げるまで解けない
§ § §
紙が縮んで、太い麻の縄になった。
俺の手の中で、生き物みたいに一度うねる。
うねって、勝手に飛んだ。
三人の使いが、まとめて縛り上げられていた。
「な、なんだこれ!」
「腕が! 腕が動かねえ!」
§ § §
三人が地面に転がった。
団子みたいに一つになっている。
コハクが跳ねて、俺の腕に抱きついた。尻尾が、ぶんぶん振れている。
「ご主人様! 紙が、縄になりました!」
「向こうの要求が書いてあった紙だからな。書いた本人に効くらしい」
「わふっ、こわいです!」
「怖いのは、書いたほうだろ」
§ § §
俺は縄の結び目に手を置いて、しゃがんだ。
「取り下げれば解けるってさ。麦は要らないって言ってみろよ」
「言うか、そんなこと!」
「じゃあ、そのままだな」
前歯の欠けた男が、しばらく唸ってから、小さく言った。
「……麦は、要らねえ」
縄が、しゅるりと緩んだ。
残りの二人が、慌てて同じことを言った。
§ § §
「頭に伝えてくれ。ここの麦は一粒も出ない」
「あんた、頭を知らねえからそう言えるんだ」
「知ってたら、何か変わるのか」
「あの人は、元Sランクだぞ」
§ § §
男が、そこで口を押さえた。
言うつもりのなかったことを言った顔だ。
俺は、それ以上聞かなかった。
三人は縄が解けたとたんに走って、坂の下まで転がるように消えていった。
§ § §
縄は、俺の手に戻ってきた。
麻のまま、ずっしり重い。
ダレンが腕を組んで、それを見下ろしている。
「使い勝手のいいものが出たな」
「言葉に効くやつは初めてだ」
「賊に言わせるには、便利すぎる」
§ § §
屋敷に戻ると、ルミナが井戸端で薬草を洗っていた。
銀の髪が濡れて、頬に貼りついている。水と薬草の匂いに、ラベンダーが薄く混ざっていた。
毛先を指で挟んで、俺のほうを見ないまま言う。
「賊の頭が、元Sランクだと聞きました」
「聞こえてましたか」
「村の人が話していて……。Sランクの方は、そんなに多くありません」
「まあ、多くはないですね」
ルミナが、薬草を桶に浸けたまま黙った。
俺も、それ以上は言わなかった。まだ、誰とも決まっていない。
§ § §
その晩、村の広場で、ハーグが矢の刺さっていた門を撫でていた。
穴が一つ開いている。それだけだ。
「三日待つ、と書いてありましたな」
「待たなくていい。もう終わったよ」
「終わりましたか」
「向こうが自分で、麦は要らないって言ったからな」
§ § §
脅迫状が一枚と、縄が一本。
麦は一粒も減らず、賊が三人、坂を転がって帰っていった。
紙一枚でこれなら、悪くないよね。




