第61話 街道を荒らす賊から、隊商を折れた車軸ひとつで守った
先日、隣国の将軍が、装備を全部落として峠を下りていった。
それきり、国境は静かなものだ。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
戦が終われば、街道に荷馬車が戻ってくる。
戻ってくると、それを狙う連中も出てくるらしい。
§ § §
その日、俺は峠の下の街道を、コハクと二人で見に行った。
道の脇に、荷馬車が一台傾いていた。
車輪が外れて、荷が半分こぼれている。
商人らしい男が、地面に座り込んで頭を抱えていた。禿げ上がった額に、汗が筋になって流れている。
「三度目ですよ、旦那。三度目だ」
「賊か」
「賊です。麦と塩と、荷馬まで持っていかれました」
§ § §
コハクの垂れ耳が、ぴんと立った。
「ご主人様、においがします。人が、たくさん」
「何人だ」
「たくさんです」
数えられないのがコハクだ。まあ、多いということは分かった。
街道の先で、土煙が上がっていた。
§ § §
次の隊商が、坂を上ってくる。
その後ろから、馬に乗った男たちが追いついていく。
布で顔を巻いて、手に手に錆びた得物を持っていた。
馬は痩せている。鞍もついていない馬が二頭混じっていた。
「賊だ! 止まれ、止まるんじゃない、走れ!」
商人が立ち上がって、意味の分からないことを叫んだ。
§ § §
俺は、足元に転がっていた木の棒を拾った。
棒じゃない。さっき外れた車軸だ。
真ん中から折れて、ささくれている。
枠が浮かぶ。
[折れた車軸]
価値 銅貨1枚
中央から破断・再利用不可
「じゃあ、書き換えるか」
§ § §
触れるのは価値の数字だけだ。名前は向こうが決める。
[折れた車軸]
価値 銅貨1枚
↓
価値 銅貨2000000枚
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 金貨200枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[地縛の心棒]
価値 金貨200枚
効果 地に突き立てた者が抜くまで、半町以内の車輪と蹄が地を離れなくなる
§ § §
ささくれが引っ込んで、黒い鉄の棒になった。
俺はそれを、街道の真ん中に突き立てた。
思ったより、ずぶりと入る。
§ § §
賊の馬が、いきなり止まった。
止まった、というより、脚が上がらなくなったらしい。
先頭の一頭が前のめりになって、乗っていた男が地面に転がった。
後ろの馬も、その後ろの馬も、同じところで足踏みをしている。
「なんだ、地面が」
「足が上がらねえ!」
§ § §
賊が馬を捨てて、走って逃げ始めた。
人の足は止まらない仕様らしい。そこは、俺にも選べない。
コハクが飛び出そうとしたので、襟を掴んで止めた。掴んだローブが、日向で干した布の匂いをさせている。
「ご主人様、追わないんですか」
「馬と荷が残ってるだろ。今日はそれでいい」
「わふっ」
§ § §
残された馬は、七頭あった。
どれも肋が浮いていて、まともに飼われていない。
隊商の商人が、俺の前で何度も頭を下げた。
「鑑定卿様、いえ、お領主様。あいつら、このごろ急に増えたんです」
「元からいた連中じゃないのか」
「違います。戦で食い詰めた連中が、頭を見つけたらしくて」
「頭」
「赤茶の髪の、でかい男だそうで。顔は誰も見ておりません」
§ § §
赤茶の髪の、でかい男。
王都にも、そういうのは掃いて捨てるほどいる。
俺は棒を抜いて、肩に担いだ。抜いたとたん、馬が普通に歩き出した。
「便利だな、これ」
コハクが、俺の担いだ棒を見上げた。琥珀色の目が、きらきらしている。
「ご主人様、また変なのが出ましたね」
「変なの言うなよ。ちゃんと働いただろ」
§ § §
馬七頭は、村の畑に回すことにした。
鋤を引かせるには痩せすぎているので、まず飼葉からだ。
ハーグが厩の前で、馬の首を撫でていた。
「賊の馬でも、馬は馬ですな」
「食わせてやってくれ」
「へえ。うちの飼葉は、もう腐っておりませんので」
§ § §
その晩、屋敷の食卓で、セシリアが地図を広げた。
顎を引かない姿勢のまま、指で街道をなぞっている。身を乗り出すたび、白薔薇の匂いが地図の上を通った。
「賊が出ているのは、この三つの峠だけですわ」
「近いな」
「近いのよ。どこかに、まとめて寝ている場所があるということ」
ダレンが、隈の濃い目を上げずに言った。
「戦のあとは、必ずこうなる。負けた側の兵が食えなくなるからな」
「隣国の兵か」
「それと、こっちで職を失った連中だ。どっちも剣は振れる」
§ § §
街道に棒を一本立てただけで、隊商が三つ、無事に峠を越えていった。
馬が七頭と、荷が二台分と、頭を下げる商人が何人か。
落ちてた車軸一本の稼ぎとしては、悪くないよね。
§ § §
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