第60話 敵国の将軍を、装備ごと無効化して追い返した
昨日、隣国の魔導砲を、落ちていた不発弾ひとつでただの筒にした。
牛十二頭が、撃てない鉄を引いて帰っていった。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
その翌朝、城塞の門の前に、バルカスが一人で立っていた。
§ § §
馬もいない。兵も連れていない。
赤い外套に、金の獅子の胸当て。腰に、身の丈ほどの大剣。
白髪の下で、太い首が朝日に赤く見えた。
「小僧。出てこい」
§ § §
門を開けて、外へ出た。
後ろから、コハクが袖を掴んで一緒に出ようとする。琥珀色の目が、まっすぐ俺を見上げていた。
「ご主人様、コハクも」
「中にいてくれ。危なかったら開けていいから」
§ § §
「一人で来たのか」
「兵は使わん。投石機、夜襲、水攻め、砲。四度だ」
バルカスが、指を四本立てた。太い指で、爪が割れている。
「四度、貴様は俺の兵を一人も殺しておらん」
§ § §
「殺す必要がなかっただけだよ」
「侮辱だ。将軍とは、部下の命を賭ける役だ。賭けさせてもらえんのは、負けよりひどい」
バルカスが、大剣の柄に手をかけた。
§ § §
「一騎打ちだ。俺が勝てば、この領地はもらう」
「あんたが負けたら」
「兵を退く。二度と来ん」
「じゃあ、やろう」
俺は前に出た。背は並で、細身で、装備を外せば冒険者にも見えない体だ。
§ § §
バルカスが、大剣を抜いた。
抜いた瞬間に、腕の中で剣が跳ねた。押さえ直そうとして、また跳ねる。
「……なんだ、これは」
胸当てが、勝手に傾いた。
留め具が外れて、片側だけ落ちる。
小手が緩み、脛当てがずり落ちて、足を取られたバルカスが片膝をついた。
§ § §
俺は、懐から羊皮紙を出して広げた。
[不破の誓約書]
効果 投げた者と拾った者の間に誓いが成立する・破った側の武具が持ち主の手に従わなくなる
「あんたが投げた手袋だよ。忘れたか」
「俺は何も破っておらん!」
「この領地をもらう、って言ったよな。その時点で破ってるらしいぞ」
バルカスの手から、大剣が落ちた。
地面に刺さって、勝手に倒れた。
§ § §
バルカスが、素手で立ち上がった。
胸当ても小手も落ちて、下の革服だけになっている。
「では、素手でやる」
「装備なしで、俺とやるのか」
「将軍だからな」
俺は、地面に落ちた大剣に手を置いた。
枠が浮かぶ。
[将軍バルカスの大剣]
価値 金貨300枚
攻撃力 420
「じゃあ、書き換えるか」
触れるのは価値の数字だけだ。名前は向こうが決める。
§ § §
[将軍バルカスの大剣]
価値 金貨300枚
↓
価値 銅貨1枚
数字を下げるのは、初めてやった。
枠が消えて、また浮かんだ。
[よく研げる鋤]
価値 銅貨1枚
効果 土がよく起きる・刃こぼれしない
§ § §
身の丈ほどの大剣が、縮んだ。
刃が丸くなって、幅が広がって、柄が木になる。残ったのは、農具だった。
俺はそれを拾って、バルカスに差し出した。
「なっ……俺の剣を」
「価値を下げたら、こうなった。名前は俺にも選べないんだ」
「ふざけているのか」
「ふざけてない。あんた、これで何人斬った」
「……数えておらん」
「じゃあ、これからは数えられる仕事にしたらどうだ。畝の数とかさ」
§ § §
バルカスが、鋤を受け取った。受け取ってから、受け取った自分に驚いた顔をした。
「装備は全部落ちて、剣は鋤だ。まだやるか」
「……やれるものか」
「じゃあ、兵を退いてくれ」
「退く。言ったからには退く」
§ § §
バルカスが、鋤を担いだ。担ぐ格好が、なぜかハーグに似ていた。
「小僧。なぜ、一人も殺さなかった」
「死体を書き換えて生き返らせることは、できないからだよ」
§ § §
バルカスは、それきり何も言わなかった。
落ちた胸当てを拾わずに、峠を下りていく。
その背中が見えなくなってから、門が開いた。
ニナが、真っ先に走ってきて、俺の腰にぶつかった。
「りょうしゅさま、勝った?」
「勝ったっていうか、帰ってもらった」
「おなじだよ」
コハクが、反対側から飛びついてきた。尻尾が千切れそうに振れている。
胸に顔を押しつけられて、焼き菓子みたいな匂いに包まれた。生きて帰るのは、こういうことらしい。
「ご主人様! 剣が、くわになりました!」
「鋤な」
「わふっ、鋤です!」
「敵の大将の剣を畑に使わせるの、ちょっと悪い気もするけどな」
「しないです! ぜんぜんです!」
§ § §
ルミナが、村人の怪我を最後まで診て回ってから、こっちへ来た。
銀の髪が乱れたまま、髪先を指で挟んでいる。薬草と石鹸の匂いが、一日働いた分だけ混ざっていた。
「誰も、亡くなりませんでした。向こうもです」
「じゃあ、泣かなくていいですね」
「……はい」
セシリアが、扇を閉じて俺の隣に立った。顎を引かない立ち姿のまま、峠のほうを見ている。
「隣国は、当分動けませんわ。生きて帰した将軍ほど、次の戦をやりにくいものはないのよ」
§ § §
その晩、村の広場でまた鐘が鳴った。
ハーグが、鍬を膝に立てて座っていた。
「お領主様。本当は、逃げる支度をしておりました」
「知ってるよ。荷物、まだ縛ってあるだろ」
デンが、砦から下りてきて、白湯の椀を両手で持っている。
「隊員は、まだ一名です。門が破壊不能ですので、一名で足ります」
ダレンが、その隣で火の番をしながら鼻で笑った。
「守備隊の記録に残らんぞ、この防衛戦は。全部、拾い物でやったからな」
§ § §
拾ったのは、偽の標石、毒の壺、屑麦の袋、錆びた角笛。
撃ち込まれた岩、燃え殻、流木、不発弾。
そして、敵将の落とした剣が一本。
国ひとつ分の軍勢を、その辺に落ちていた物で追い返した。悪くないよね。




