第59話 隣国が持ち出した魔導砲を、不発の弾ひとつでただの筒にした
昨日、川をせき止めた水攻めを、流木一本で押し返した。
水は、堰を切った側の足元へ全部戻っていった。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
三日後、峠の道を、鉄の塊が上ってきた。
§ § §
牛が十二頭で引いていた。
黒い鉄の筒が二本、車輪のついた台に載っている。
筒の腹に、青く光る石が並んで嵌まっていた。
ダレンが、櫓の縁を掴んだまま動かなくなった。隈の濃い目が、大きく開いている。
「……魔導砲だ。ヴァルガが持っていたのか」
§ § §
「知ってるのか」
「学院の書物で見ただけだ。魔石を焚いて撃つ。城壁ごと山を削る」
「うちの壁、破壊不能だけど」
「壁は残る。中の人間が残らん」
ダレンが、そこで一度言葉を切った。
「一発で、この中庭は全部だ」
§ § §
中庭には村人がいる。三十軒分だ。
砦の外に出しても、砲は村まで届く。
デンが、槍を握ったまま俺の隣に立った。錆びた鎧の縄が、風で鳴っている。
「討って出ますか。牛は遅い。今なら」
「行ったら、あんた死ぬだろ」
「守備隊ですので」
「一人しかいない隊を、減らすなよ」
§ § §
筒の先が、こっちを向いた。
青い石が、順番に強く光っていく。
空気が、耳の奥で鳴った。
「伏せろ!」
ダレンが叫んで、杖を地面に突いた。
§ § §
白い光が、櫓の脇をかすめて飛んだ。
山の斜面に当たって、木が数十本まとめて消えた。
土煙が上がって、しばらく何も見えない。
外れた。だが、次は外れないだろう。
§ § §
二発目が来た。
今度は低く飛んで、城壁に当たった。
壁が砕けて、光の粒になって散る。
すぐに再生が始まったが、積み上がるより先に、破片が中庭へ落ちてきた。
コハクが、村の子どもに覆いかぶさっていた。
§ § §
「コハク!」
「コハク、平気です! この子も平気です!」
垂れ耳が伏せたまま、尻尾だけが震えている。土埃だらけなのに、抱えた子どもは甘い匂いの中で泣きやんでいた。
ルミナが走ってきて、二人の上に手をかざした。細い腕が、光っている。
「怪我は、わたしが見ます。……レインさん、あれを止めてください」
「止めます」
§ § §
三発目が来ない。
筒の先で、青い石が一つだけ暗くなっていた。
やがて、鉄の口から、黒いものがぼとりと落ちた。
装填されたまま、不発になった弾らしい。
斜面を、ごろごろと転がってくる。
§ § §
俺は門を開けて、外へ出た。
止まった弾は、こぶし二つ分の黒い鉄の玉だった。
表面に、細かい文字がびっしり彫ってある。
枠が浮かぶ。
[不発の魔導砲弾]
価値 銅貨9枚
状態 術式破損・起爆不能
「じゃあ、書き換えるか」
§ § §
触れるのは価値の数字だけだ。名前は向こうが決める。
[不発の魔導砲弾]
価値 銅貨9枚
↓
価値 銅貨900000000枚
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 金貨90000枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[静寂の芯]
価値 金貨90000枚
効果 半里以内の魔石の力を眠らせる・持ち主が手を離すまで続く
§ § §
黒い玉が、灰色になった。
触っている手が、しんと重い。
音が消えたわけではないのに、耳の奥の鳴りが止まった。
§ § §
峠の下で、青い光が消えた。
二本の筒に並んだ石が、上から順に黒くなっていく。
砲手が、必死で何かを叩いている。
打っても、擦っても、光は戻らなかった。
§ § §
「効いてるな」
「効いてる。あの砲は、いま鉄の筒だ」
ダレンが、杖を下ろして息を吐いた。
「牛十二頭で運んできた、ただの筒だな」
「重そうだな」
「重いだろうよ。撃てん筒ほど重いものはない」
§ § §
バルカスが、砲の台に上がった。
赤い外套のまま、砲手を押しのけて自分で石を殴っている。
殴っても、光らない。
俺は、灰色の玉を掲げて見せた。
§ § §
「悪いけど、あんたの弾だ。落ちてたから拾った」
「返せ!」
「返すと撃つだろ」
「当たり前だ!」
「じゃあ、返さないよ」
バルカスの拳が、鉄の筒を叩いた。
いい音が鳴った。撃つ音ではなかった。
§ § §
牛が、来た道を引き返し始めた。
砲は、下りの坂で二度も脱輪していた。
セシリアが、櫓の上からそれを見て、扇で口元を隠している。
「あれ、王都に一門でもあれば、国が傾きますわ」
「二門ありましたけどね」
「二門とも、ただの筒になったのよ」
笑うと、扇の陰から柑橘の香りがこぼれた。
「持ち主が手を離すまで、ですけどね」
「では、離さないことね」
§ § §
中庭に戻ると、村人が壁の破片を片づけていた。
ハーグが、鍬で瓦礫を寄せている。腰は曲がったままだが、手が止まらない。
「お領主様。壁は、勝手に元に戻りますな」
「戻るな。人は戻らないから、そっちを先に守る」
「……人を先に、ですか」
「順番はそれでいい」
§ § §
夜、灰色の玉を布で包んで、腰に下げた。
手を離さなければ、半里の魔石は眠ったままだ。
向こうの切り札を、向こうが落としていってくれた。
落ちてる物を拾うのが、俺の仕事みたいなものだ。悪くないよね。




