第56話 城塞に撃ち込まれた投石機の弾を、撃ち返す石に書き換えた
六日前、敵将バルカスが投げた宣戦の手袋を、破れない誓約書に書き換えた。
七日後に三万で来る、と言われていた。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
七日目の朝、峠の下が黒くなっていた。
§ § §
人だった。全部、人だ。
道からあふれて、斜面まで埋めている。
その後ろに、大きな木の櫓のようなものが四台。
デンが、城塞の櫓から下を見て、槍を持ち直した。
「投石機です。四台」
§ § §
「あれで何が飛んでくるんだ」
「岩です。人の胴ほどの岩が、城壁に当たります」
「当たると」
「石積みなら、三日で崩れます」
デンが、そこで言葉を切って、門を見た。
「……この門は、破壊不能でしたな」
§ § §
門は壊れない。城壁も再生する。
だが、櫓の上に立っている人間は別だ。
村も、この後ろにある。
ハーグが麓から上がってきて、息を切らしていた。新しい鍬を、武器のように握っている。
「村の者を、砦へ入れております」
「頼む。全員入れてくれ」
「もう入っております。麦の袋も、一緒に」
§ § §
最初の一発が来た。
空気の鳴る音がして、黒い塊が城壁の上を越えていく。
中庭の石畳に落ちて、砕けた。
破片が飛んで、コハクが俺の後ろに引っ張られた。
ダレンが杖を振って、風の壁を張っていた。
§ § §
「ご主人様!」
「ありがとう、ダレン」
「礼は後だ。四台あるんだぞ」
二発目が来た。三発目が続けて来た。
城壁が受け止めて、割れて、すぐに元通りに積み直る。
壊れないが、中に落ちてくる分は防げない。
§ § §
セシリアが、扇を握ったまま櫓の陰にいた。
縦ロールの一房が、砂埃で灰色になっている。それでも、隣に立つと白薔薇の匂いがした。
「あの機械、射程は」
「ここまで届いてますね」
「こちらから届くものは」
「弓は届きません。距離が倍あります」
デンが答えた。声は落ち着いていて、五年守った男の声だった。
§ § §
届かないなら、届く物を作ればいい。
中庭に転がった、砕けきっていない岩に手を置いた。
枠が浮かぶ。
[投石機の砲弾]
価値 銅貨1枚
効果 落下により打撃を与える
「じゃあ、書き換えるか」
§ § §
触れるのは価値の数字だけだ。名前は向こうが決める。
[投石機の砲弾]
価値 銅貨1枚
↓
価値 銅貨500000000枚
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 金貨50000枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[返報の礫]
価値 金貨50000枚
効果 投げると自らを撃った兵器へ飛ぶ・当たった兵器のみを砕く・砕くたび数を増やす
§ § §
岩が、俺の手の中で拳ほどの大きさになった。
表面がつるつるしていて、やけに軽い。
「軽いな。届くのか、これ」
「効果欄を信じろ」
ダレンが言った。
俺は櫓の縁に立って、思い切り投げた。
§ § §
礫が、線を引いて飛んでいった。
こっちの弓が届かない距離を越えて、まだ伸びる。
一台目の投石機の腕木に当たって、音を立てて折った。
折った瞬間、礫が二つに割れた。
§ § §
二つが、それぞれ別の方向へ曲がった。
二台目の支柱を砕いて、四つになる。
四つが三台目に集まって、台ごと崩した。
残った八つが、四台目の上で弾けた。
木くずが、風に舞い上がった。
§ § §
「……当たった兵器のみを砕く、って書いてあったな」
櫓の下で、兵は一人も倒れていない。
機械だけが、四台とも骨組みになっていた。
コハクが、櫓の縁から身を乗り出して、尻尾を振り回している。
「ご主人様! 全部、壊れました!」
「人には当たってないな」
「はい! みんな、逃げてます!」
§ § §
礫は、十六個に増えて中庭に落ちてきた。
拾い集めると、両手からこぼれる。
「増えるのは、聞いてなかったな」
ダレンが、隈の濃い目でそれを覗き込んだ。
「一個投げるたびに倍か。三回投げたら、村が石で埋まるぞ」
「じゃあ、使うのは今日で最後だな」
§ § §
ルミナが、櫓の階段を上ってきた。
細い肩が上下していて、銀の髪が汗で額に張りついている。
「怪我をした人は」
「こっちはいません」
「向こうは」
「向こうも、たぶん」
ルミナが、階段の途中で座り込んで、胸の前で手を合わせた。
汗と石鹸の匂いがした。この人はいつも、誰かのために先に走っている。
§ § §
峠の下で、動きがあった。
黒い塊が、じりじりと後ろへ下がっていく。
先頭で、赤い外套が動かずに立っていた。
バルカスだ。ここからでも、首の太さが分かる。
§ § §
デンが、櫓の壁から角笛を取った。
「吹きますか」
「今日はいい。あれは、音じゃ下がらない」
「では、旗を上げます」
自分で縫った布が、竿を上がっていった。
§ § §
その日、城壁は一度も崩れなかった。
村人は誰も怪我をせず、麦の袋は砦の中で無事だった。
四台の投石機は、自分の撃った石で自分が壊れた。
向こうが持ってきた武器を、そのまま返しただけだ。悪くないよね。
§ § §
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