第51話 隣国が突き出した偽の国境標石を、本物の境界石に書き換えた
昨日、六年ぶりの収穫祭をやった。
ラズ領は最下等の荒地から、王国第一等の模範領になった。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
その翌朝、北の街道を、見たことのない紋章の馬車が上ってきた。
§ § §
降りてきたのは、細い金縁の眼鏡をかけた男だった。
旅をしてきたはずなのに、靴に泥がひとつもついていない。
俺を見ると、頭を下げるより先に、袖口の埃を払った。
「ヴァルガ王国、外務使節レクターと申します」
§ § §
「ラズ領のレインだ。用件は」
「土地の話です。この村から北の畑まで、我が国の領土でして」
「初耳だな」
「そうでしょうな。無人の荒地でしたので、誰も言わなかったのです」
レクターが、口の端だけで笑った。
§ § §
馬車の荷台から、兵が石を降ろした。
人の腰くらいの高さの、灰色の標石だ。
表面に、見慣れない紋章と文字が彫ってある。
「古き国境標石です。三百年前のもの。これが証拠になります」
§ § §
ハーグが、新しい鍬を握ったまま前に出た。
腰が曲がって、顔が地面に近い。それでも声は張った。
「そんな石、この土地で見たことがありませぬ」
「土に埋まっておったのですよ。掘り出しただけです」
「掘り出した石が、なぜ馬車で来るのですかな」
§ § §
いい質問だった。
レクターは答えず、眼鏡の位置を直した。
コハクが俺の袖を引く。明るい茶の垂れ耳が、ぴんと立っていた。
「ご主人様。あの石、土の匂いがしません」
「じゃあ、埋まってなかったんだな」
「わふっ。新しい石の匂いです」
§ § §
セシリアが、扇を開いて歩み出た。
顎を引かない立ち姿のまま、レクターを上から下まで見る。金髪の縦ロールが、朝の風に一房だけ揺れた。
通り過ぎざま、柑橘の香りがした。怒っているときほど、この人はいい匂いがする。
「リーゼル王国第三王女、セシリアです。その石、王国の国境台帳にはありませんわ」
「台帳が古いのでしょう」
「更新は去年ですけれど」
§ § §
レクターは、まったく動じなかった。
兵に命じて、標石を村の畑の手前に据えさせる。
「据えてしまえば、これが境です。異議は書面で、王都を通してどうぞ」
「書面だと何年かかるんだ」
「三年ほどでしょうな。それまで、この畑は我が国のものです」
§ § §
畑は、毎晩麦が実るあの畑だ。
三年取られたら、村はまた荒地に戻る。
ニナが、俺の後ろから標石を睨んでいた。靴を履いた足で、地面を蹴っている。
「りょうしゅさま。あれ、どかせないの」
「どかすと喧嘩になるな」
「じゃあ、どうするの」
§ § §
「どかさないで、俺のものにする」
俺は標石に手を置いた。冷たくて、確かに土の匂いがしない。
枠が浮かぶ。
[偽造された古代国境標石]
価値 銅貨3枚
記載 境界・ヴァルガ王国領
「じゃあ、書き換えるか」
§ § §
触れるのは価値の数字だけだ。名前は向こうが決める。
[偽造された古代国境標石]
価値 銅貨3枚
↓
価値 銅貨90000000枚
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 金貨9000枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[正境の礎石]
価値 金貨9000枚
記載 境界・リーゼル王国ラズ領
効果 偽りの主張者は石に触れられない・記載が両国の国境台帳に反映される
§ § §
灰色の石が、白く光った。
彫られていた紋章が溶けて、組み替わっていく。
ヴァルガの紋章が消えて、リーゼルの獅子が浮かび上がった。
「なっ……何をした!」
レクターが、初めて声を張り上げた。
§ § §
「書き換えた。俺の鑑定は、そういうスキルなんだ」
「ばかな。石が勝手に……おい、戻せ!」
兵が二人がかりで石に手を伸ばした。
届かない。指先が、見えない何かで滑って逸れる。
何度やっても、手が石の表面に当たらなかった。
§ § §
「触れないらしいぞ。偽りの主張者は、って書いてある」
「そんな判定は、法にはない!」
「石が決めてるんだ。文句は石に言ってくれ」
レクターの眼鏡が、鼻先までずり落ちた。
直すのも忘れて、白い石を見ている。
§ § §
「……本国に、報告いたします」
「どうぞ。台帳にも反映されるらしいから、そっちも見てくれ」
馬車が、来た道を戻っていった。
石は畑の手前に立ったままだ。
ハーグが、恐る恐る手を伸ばして、ぺたりと触った。
「触れますな」
「あんたは嘘をついてないからだろ」
§ § §
コハクが、標石に前足のように両手を置いて、尻尾を振っていた。
「コハクも触れました! 正直だからです!」
「よかったな」
「ご主人様は」
「触れるよ。俺の石だし」
ダレンが、隈の濃い目で石を眺めていた。
「持ち込んだ証拠で領土を取られる。外交官には気の毒な日だな」
§ § §
夕方、畑を見に行った。
麦は今夜も実るし、白い石は動かない。
三百年前の偽物が、本物の境界になった。
向こうが自分で運んできてくれたんだから、手間がかからなくていい。悪くないよね。
§ § §
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