第50話 三人の領主が逃げた土地で、収穫祭をやった
昨日、最下等と刷られた領地台帳を、王国第一等に書き換えた。
ラズ領は、王都の直轄領と同じ等級になった。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
その等級で迎える最初の行事が、収穫祭だった。
§ § §
「収穫祭は、六年ぶりです」
ハーグが、広場に長机を並べながら言った。折れた鍬は、今日は持っていない。
代わりに、新しい鍬を担いでいる。麦を売った金で買ったらしい。
「六年、やってなかったのか」
「収穫がありませんでしたので。祭る物がないと、祭りにはなりません」
§ § §
今年は、ある。
畑からは毎晩麦が採れる。井戸の水は尽きない。
橋の向こうから、隣町の商人まで来ていた。
村の入口の白い柵に、飾りの布が結ばれている。
§ § §
広場の隅に、古い鐘が転がっていた。
六年前まで、祭りの合図に鳴らしていたものらしい。
叩いてみると、ごつ、と鈍い音がしただけだった。
枠が浮かぶ。
[割れた祭りの鐘]
価値 銅貨1枚
状態 亀裂・音が出ない
「じゃあ、書き換えるか」
§ § §
触れるのは価値の数字だけだ。名前は向こうが決める。
[割れた祭りの鐘]
価値 銅貨1枚
↓
価値 銅貨600000枚
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 金貨60枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[祝祭の銀鐘]
価値 金貨60枚
効果 音が三里先まで届く・聞いた者の疲れが取れる
§ § §
鐘の亀裂が塞がって、銀色になった。
ニナが、両手で紐を引いた。裸足のままだったのが、今日は靴を履いている。
澄んだ音が、村の外まで広がっていった。
「鳴った! りょうしゅさま、鳴ったよ!」
「靴、履いたんだな」
「おかあさんが、祭りだからって」
§ § §
鐘の音を聞いて、隣の村からも人が来た。
北の砦から、デンが下りてきた。錆びた鎧ではなく、洗った上着を着ている。
「門は閉めてまいりました。破壊不能ですので」
「持ち場、離れて平気か」
「命令されましたので。……王女殿下に」
セシリアが、扇で口元を隠した。隠れていない目が、笑っている。
§ § §
長机に、料理が並んだ。
麦のパン、麦の粥、麦の焼き菓子。
全部、あの畑の麦だ。
コハクが、焼き菓子を両手で持って、尻尾を千切れそうに振っていた。琥珀色の目が、皿の上を行ったり来たりしている。
「ご主人様、これ、甘いです!」
「甘いのは砂糖だろ」
「麦が甘いんです。コハクの鼻が言ってます」
§ § §
ルミナが、村の女たちに混じって粥をよそっていた。
銀の髪を耳にかけて、袖をまくっている。細い腕なのに、手つきは慣れてきた。
湯気と一緒に、干したリネンの匂いがこっちまで流れてくる。
「レインさん、おかわりは」
「まだ一杯目ですけど」
「じゃあ、二杯目の準備をしておきますね」
「聖女様が給仕係でいいんですか」
「今日は、村の人ですから」
言ってから、自分でおかしかったのか、ルミナが小さく笑った。火明かりのせいか、頬がほんのり色づいている。
§ § §
ダレンが、火の番をしていた。
杖の先から出した炎で、鍋を温めている。目の下の隈は変わらないが、口の端が上がっていた。
「魔法使いの使い道として、これはどうなんだろうな」
「よく燃えてるからいいんじゃないか」
「王都の魔法学院に見せられん光景だ」
「見せなきゃいいだろ」
§ § §
ハーグが、俺の隣に腰を下ろした。
新しい鍬を、大事そうに膝に立てている。
「お領主様。ひとつ、白状してよろしいですか」
「どうぞ」
「あなたが来た日、わしは三月もつと申しました」
「聞いたよ、しっかり」
「あれは、嘘です。本当は、一月と思っておりました」
§ § §
「ひどいな」
「ひどいのは、この土地です。誰が来ても、そうなるはずでした」
ハーグが、広場を見回した。
火の周りで、村人が踊っている。子どもが走り回って、大人が笑っている。
「わしは、この光景を、もう見られんと思っておりました」
「まだ何年でも見られるよ。井戸は尽きないし、麦は毎晩実る」
§ § §
セシリアが、いつのまにか隣に立っていた。
顎を引かない立ち姿は変わらないのに、その手には木の皿がある。縦ロールの一房が、火明かりで金色に光っていた。
煙の匂いの中で、白薔薇の香りだけが場違いに澄んでいる。
「あなた、王都に戻る気はあって?」
「依頼があれば戻りますよ」
「ここが気に入ったのね」
「拾う物が多いんですよ、ここ。石も草も板も、みんな役に立つ」
§ § §
「……あなたって、本当に欲がないのね」
「欲はありますよ。飯が美味いと嬉しいし」
「べ、別に、褒めたわけじゃないわ」
セシリアが、扇を開いて顔を隠した。
コハクが、俺の反対側から顔を出す。
「ご主人様、王女様、また張り合ってます」
「相手はお前だと思うぞ、多分」
「わふっ、負けません!」
§ § §
夜が更けて、火が小さくなった。
誰かが、また鐘を鳴らした。
澄んだ音が、麦畑の上を渡っていく。
三里先まで届くらしいから、隣の領のタルボット子爵にも聞こえているだろう。
§ § §
ニナが、俺の前で欠伸をしていた。
「りょうしゅさま。来年も、祭りやる?」
「やるよ」
「ぜったい?」
「絶対だ。麦、毎晩実るからな」
「じゃあ、毎年、祭りだね」
§ § §
その通りだった。
水が湧いて、麦が実って、橋が架かって、柵が村を囲って、家が暖かくて、病が治って、砦に旗が立っている。
三人の領主が逃げた土地で、六年ぶりの収穫祭だ。
誰も逃げなかった。それが、たぶん一番の成果だと思う。
拾った物を書き換えていったら、荒地が第一等になっていた。悪くないよね。




