第49話 最下等と書かれた領地台帳を、王国第一等に書き換えた
昨日、井戸端の雑草を万象癒しの霊草に書き換えた。
熱で倒れた五人が、その日のうちに起き上がった。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
今朝、王都から査察官が来た。
§ § §
馬車から降りたのは、背の高い痩せた男だった。
黒い上着に皺ひとつない。片手に分厚い台帳を抱え、もう片手に羽根ペンを持っている。
挨拶より先に、村の門を見て、ペンを走らせた。
「王城監査院、オズワルドと申します。ラズ領の年次査察に参りました」
§ § §
「レインだ。よろしく」
「結構。では始めます」
オズワルドが、台帳をめくった。
「ラズ領。等級、最下等。徴税不能地。過去五年の納税、ゼロ」
「今年は納められると思うけど」
「記録に基づいて申し上げております。それ以外は申し上げません」
§ § §
村を歩いた。
オズワルドは、何を見ても表情を変えなかった。
湧き続ける井戸を見て、ペンを走らせる。
一晩で実る麦畑を見て、ペンを走らせる。
常に春の家に入って、出てきて、またペンを走らせた。
§ § §
コハクが、俺の袖を引いた。垂れ耳が、後ろに倒れている。背伸びして、耳元で囁いてくる。
「ご主人様。あの人、一回も驚いてません」
「驚かないのが仕事なんだろ、多分」
「つまらないです」
「言うな。聞こえるぞ」
「聞こえてます」
オズワルドが、こっちを見ずに言った。
§ § §
谷まで行った。
不落の大橋の上で、オズワルドが初めて足を止めた。
「この橋は、王国の橋台帳に記載がありません」
「二日前に架けたので」
「二日」
「うん、二日」
オズワルドの手が、少し止まった。それから、また動き出した。
§ § §
砦にも寄った。
デンが、錆びた鎧を縄で結んだまま、石畳の中庭で敬礼した。白髪混じりの髭が、風に揺れている。
「北方守備隊、隊員デン。異常ありません」
「隊員数は」
「一名です。ですが、門は破壊不能とのことですので」
オズワルドが、門を見上げた。今度は、しばらく見上げていた。
§ § §
村に戻って、広場で台帳を開いた。
オズワルドが、羽根ペンの先を止める。
「困りました」
「何が」
「記載する等級がありません」
§ § §
「最下等じゃないのか」
「最下等の欄しか、この台帳にはないのです。ラズ領は五年前から、そのように印刷されております」
オズワルドが、台帳のページを俺に見せた。
罫線の中に、「最下等・回復見込みなし」と刷り込まれている。書き換えられないように、印字してあるらしい。
「上に報告はできます。ただ、直るのは来年です」
§ § §
来年まで、村人が最下等の民として扱われる。
税も、徴兵も、市の値付けも、その等級で決まる。
ハーグが、折れた鍬を握ったまま黙っていた。
なら、やることはひとつだ。
俺は、台帳に手を伸ばした。
「それ、ちょっと借りていいか」
§ § §
枠が浮かぶ。
[ラズ領の領地台帳]
価値 銅貨2枚
記載 最下等・回復見込みなし
「じゃあ、書き換えるか」
触れるのは価値の数字だけだ。名前は向こうが決める。
§ § §
[ラズ領の領地台帳]
価値 銅貨2枚
↓
価値 銅貨200000000枚
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 金貨20000枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[王国第一等領地台帳]
価値 金貨20000枚
記載 第一等・王国模範領
効果 記載内容が王城の正本台帳に即時反映される
§ § §
オズワルドの手の中で、台帳の表紙が金色になった。
開いたページの印字が、その場で組み替わっていく。
「最下等・回復見込みなし」が消えて、「第一等・王国模範領」になった。
「……即時反映、と書いてありますが」
「書いてあるな」
「では、今この瞬間、王城の正本も」
「そうなるらしいぞ」
§ § §
オズワルドが、羽根ペンを取り落とした。
几帳面に締めていた襟元を、指で緩めている。
「監査院に十八年おりますが」
「うん」
「査察中に等級が変わったのは、初めてです」
「初めてなら、記念だな」
§ § §
村人が、広場に集まってきた。
ハーグが、台帳の文字を覗き込んで、震える手で自分の目をこすった。
「第一等。……王都の直轄領と、同じ等級ですぞ」
「税、どうなるんだ」
「上がります。ですが、市での値付けも、上がります」
「じゃあ、いいか」
「いいどころではありません。麦が、王都の値で売れるのです」
§ § §
セシリアが、扇の陰で笑っていた。切れ上がった青い目が、細くなっている。縦ロールの一房が、頬に落ちたままだ。
「父が知ったら、腰を抜かすわね」
「怒られますかね」
「褒めるに決まってるでしょう。荒地を模範領にした男よ」
「でも書き換えただけですけど」
「その言い訳、もうやめなさい」
§ § §
ルミナが、村人の輪の外で手を合わせていた。細い肩が、少し揺れている。
近づくと、ラベンダーの匂いに、涙で湿った布の匂いが混じっていた。
「よかった。……本当に、よかったです」
「泣かないでくださいよ」
「泣いてません」
「泣いてますね」
ダレンが、隣で杯を掲げる真似をした。隈の濃い目が、めずらしく上を向いている。
§ § §
オズワルドが、馬車に乗り込む前に、深く頭を下げた。
「鑑定卿殿。来年もまいります」
「来年は、驚いてくれよ」
「善処します。……いえ、今日は、驚きました」
最下等と刷られた紙が、王国第一等になった。悪くないよね。




