第48話 村に生えてた雑草を、どんな病も治す薬にした
昨日、継ぎ接ぎの壁板を書き換えて、村の三十軒が常に春になった。
冬に人が減る村では、もうなくなった。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
その次の朝、村で人が倒れた。
§ § §
「熱です。三軒で、五人」
ハーグが、家の戸口で待っていた。折れた鍬を握る手に、力が入っている。
「毎年、寒さのあとに出ます。うつります」
「薬は」
「町まで二日。薬師は、この村には来ません」
「来ないのか」
「金にならないので」
§ § §
中に入ると、女が筵の上で寝ていた。
顔が赤く、息が浅い。ニナの母親だった。
ニナが、桶の水で布を絞っている。裸足のまま、土間を何度も往復していた。
「りょうしゅさま。おかあさん、起きないの」
「起きるよ」
「ほんとに?」
「嘘は言わない主義でね」
§ § §
ルミナが、女の額に手を当てた。細い指が、薄い光をまとう。
しばらくして、手を離した。
「熱は下げられます。でも、病そのものは、わたしの光では消えません」
「聖女でも駄目なのか」
「わたしの回復は、傷を塞ぐものなので。……ごめんなさい」
うつむいた拍子に、石鹸の匂いがふわりと立った。病人の部屋で、そこだけ清潔だった。
「謝る場面じゃないでしょ」
§ § §
ルミナが、銀の髪の毛先を指で挟んだ。まばたきが多い。
「レインさんなら、できますか」
「できるかどうかは、拾ってみないと分からないな」
外に出た。
薬になりそうな物を探す。といっても、この村にあるのは土と麦と草だけだ。
§ § §
井戸のそばに、名前も知らない草が生えていた。
葉が細くて、踏まれて曲がっている。
コハクが、鼻を近づけて顔をしかめた。垂れ耳が、両方倒れる。
「ご主人様。これ、苦いです」
「食べたのか」
「わふっ。……ちょっとだけ」
「食うなよ、知らない草を」
§ § §
俺は、その草を根ごと引き抜いた。
枠が浮かぶ。
[名もなき雑草]
価値 銅貨0枚
効果 なし
「じゃあ、書き換えるか」
触れるのは価値の数字だけだ。名前は向こうが決める。
§ § §
[名もなき雑草]
価値 銅貨0枚
↓
価値 銅貨120000000枚
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 金貨12000枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[万象癒しの霊草]
価値 金貨12000枚
効果 煎じて飲めば万病を治す・根から同じ草が増える
§ § §
手の中の草が、白い花をつけた。
根の先から、地面に糸みたいなものが伸びる。
井戸の周りに、同じ草が次々に生えていった。
「増えるのか。助かるな、これは」
§ § §
鍋で煎じた。
匂いは、はっきり言ってひどい。
ニナが、鼻をつまんだまま椀を運んだ。
「くさい」
「効く薬はだいたい臭いんだよ」
「りょうしゅさまも飲む?」
「病気じゃないからな、俺は」
§ § §
ルミナが、女の頭を支えて、薬を飲ませた。
三口ほど飲んだところで、女の呼吸が、すう、と深くなった。
赤かった顔から、色が引いていく。
まぶたが動いて、目が開いた。
§ § §
「……ニナ」
「おかあさん!」
ニナが、母親に飛びついた。
女が、娘の背中に腕を回す。まだ力は入らないらしく、指先だけが動いていた。
ハーグが、戸口で膝をついた。
「三日は寝込む熱です。それが、三口で」
§ § §
残りの四人にも飲ませた。
昼を過ぎるころには、五人とも起き上がっていた。
草は、井戸のまわりで勝手に増え続けている。
ダレンが、その草むらを見て腕を組んだ。痩せた肩が、ローブの中で持ち上がる。
「これ、王都に持っていくと、いくらだと思う」
「金貨一万二千枚らしいぞ」
「一株でな。ここに、何百株ある」
§ § §
「売らないよ、これは」
「売らないのか」
「売ったら、ここになくなるだろ。ここに要るんだよ」
セシリアが、扇を閉じて草を見下ろしていた。顎を引かない立ち姿が、少しだけ緩む。
「……そういうところなのよね、あなたの厄介なところは」
「褒められてます?」
「褒めてないわ。悔しいだけ」
§ § §
夕方、ニナの母親が、戸口まで出てきた。
まだ足元が危ういのに、深く頭を下げる。
「お領主様。うちの子が、ずっとお世話に」
「世話になってるのは俺のほうですよ。毎朝、門で待たれてるので」
ニナが、母親の後ろで顔を赤くした。
「待ってないもん」
「待ってるだろ、毎日」
§ § §
井戸のまわりの白い花が、風で揺れている。
この草は、村のものだ。売らない。
コハクが、俺の隣で尻尾を振っていた。花に鼻を寄せて、うっとり目を細めている。
「ご主人様。花になったら、いい匂いです。この村、もう誰も死なないですね」
「そこまでは言えないけど。……まあ、減らないよ」
踏まれてた雑草一本で、五人の熱が下がった。悪くないよね。




