第47話 すきま風だらけの家を、冬が来ない家にした
昨日、崩れた砦の門を書き換えたら、砦ごと城塞になった。
守備兵のデンが、五年ぶりに旗を上げた。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
その翌朝、村の空気が、急に冷たくなっていた。
§ § §
「北風です。もう十日もすれば、雪が来ます」
ハーグが、折れた鍬を杖にして空を見た。腰が曲がっているぶん、見上げる角度が深い。
「うちの村は、冬に人が減ります」
「出稼ぎか」
「いえ。……凍えて、減ります」
§ § §
村の家を、順に見て回った。
どれも板を継ぎ足しただけの壁で、隙間から向こうの光が見える。
屋根の藁は薄く、土間には筵が敷いてあるだけだ。
手をかざすと、壁の隙間から冷たい風が流れてきた。
§ § §
ニナの家が、いちばんひどかった。
戸を開けると、中のほうが外より寒い。
ニナが、毛布を体に巻いて、土間に座っていた。裸足の足を、毛布の中に引き込んでいる。
「りょうしゅさま。今日は、寒いから座ってるの」
「寒いと座るのか」
「動くと、お腹すくから」
§ § §
言葉が出なかった。
ルミナが、俺の横をすり抜けて、ニナの前に膝をついた。細い手が、ニナの手を包んでいる。
「冷たいですね。手が」
「あったかい」
「わたし、体温だけは高いんです」
ルミナが笑った。銀の髪の毛先が、ニナの毛布に落ちている。
冷えきった土間なのに、そのあたりだけラベンダーの匂いがして、少し暖かい気がした。
§ § §
外に出た。
コハクが、垂れ耳を伏せたまま俺の後ろを歩いてくる。
「ご主人様。この村、家が三十軒あります」
「数えたのか」
「はい。全部、隙間から風が入ってました」
「三十軒か。……多いな」
「ご主人様なら、多くても平気ですよね?」
伏せていた垂れ耳が、期待で真上に戻っている。琥珀色の目が、俺の顔から離れない。
§ § §
平気かどうかは、やってみるしかない。
俺は、ニナの家の壁から、外れかけた板を一枚引き抜いた。
枠が浮かぶ。
[継ぎ接ぎの壁板]
価値 銅貨1枚
状態 反り・隙間多数・防寒性なし
「じゃあ、書き換えるか」
触れるのは価値の数字だけだ。名前は向こうが決める。
§ § §
[継ぎ接ぎの壁板]
価値 銅貨1枚
↓
価値 銅貨80000000枚
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 金貨8000枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[常春の家板]
価値 金貨8000枚
効果 室内を常に春の気温に保つ・隙間を自ら塞ぐ・同じ材の家に伝播する
§ § §
板が、俺の手を離れて壁に戻った。
壁の隙間が、勝手に埋まっていく。
そこから隣の板へ、隣の家へ、白い光が走った。
三十軒の屋根が、順番に音を立てて締まっていく。
「……伝播、便利すぎるな」
§ § §
ニナが、毛布を落とした。
土間に立って、両腕を広げている。
「あったかい! りょうしゅさま、家があったかい!」
「靴履けよ、そのうち」
「いらない。もう寒くないもん」
「そういう問題じゃないんだよなあ」
§ § §
村中から、人が飛び出してきた。
戸を開けて、また閉めて、また開ける。
中に入ると暖かく、外は北風だ。誰も彼も、それを何度も確かめている。
ハーグが、自分の家の戸口で立ち尽くしていた。
「わしの家も、暖かい……」
§ § §
「効果欄に、常に春って書いてあった。夏も春らしいぞ」
「夏に春は、ありがたいですな」
ハーグが、折れた鍬を肩から下ろした。
「これで、冬に人が減りません」
「そのつもりで書き換えた」
「……お領主様。三月もつと申し上げたことを、撤回させてください」
§ § §
ダレンが、家の壁に手を当てて唸っていた。目の下の隈が、寒さで余計に濃く見える。
「魔道具でこれをやると、街ひとつ分の魔力が要る」
「板一枚で済んだけどな」
「済ませるなよ、簡単に」
「簡単だったんだから、しょうがないだろ」
§ § §
セシリアが、腕を組んで家々を眺めていた。縦ロールが、北風で大きく揺れている。
風上に立たれると、冷たい空気に白薔薇の匂いが混ざった。
「王都の貧民街にも、これが要るのよ」
「あっちは、俺の領地じゃないですけどね」
「……そのうち、頼むことになるかもしれないわ」
「頼まれたら、行きますよ。板一枚あればいいので」
§ § §
夕方、村の煙突から煙が上がった。
暖まった家の中で、みんなが飯を炊いているらしい。
ニナが、家の戸を開けて、こっちに手を振っていた。
毛布は、もう肩にかかっていない。
板一枚で、三十軒に春が来た。悪くないよね。




