第46話 守備兵が一人しかいない砦を、城塞に書き換えた
昨日、隣の領主にふっかけられた通行税を、道端の石一個で払った。
麦は無事に市へ出て、銀貨の袋になって帰ってきた。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
次に見に行ったのは、村の北にある砦だった。
§ § §
石積みが半分崩れて、片側の門が地面に落ちている。
中庭に草が伸びて、井戸の跡は埋まっていた。
その真ん中で、男が一人、槍を杖にして立っていた。
白髪の混じった髭。鎧は錆びていて、留め具が縄で結んである。
§ § §
「何用か」
「新しい領主のレインだ。あんたは」
「北方守備隊、隊員デン。……隊員は、私だけです」
デンが、槍を突いて背筋を伸ばした。膝が、わずかに笑っている。
「他は」
「五年前に引き上げました。給金が出ませんでしたので」
§ § §
「一人で、何を守ってるんだ」
「北の峠です。魔物が下りてくれば、村へ走って報せます」
「走るのか」
「走ります。一度、間に合いませんでしたが」
デンが、崩れた石積みのほうを見た。それきり、何も言わなくなった。
§ § §
コハクが、砦の石に鼻を近づけた。垂れ耳が、ぴくりと動く。
「ご主人様。この石、古い血の匂いがします」
「言わなくていい」
「わふ……すみません」
「いや。分かっててくれ、っていう意味だよ」
§ § §
ダレンが、崩れた門を杖の先で叩いた。痩せた肩が、ローブの中でひとつ揺れる。
「直すなら石工が二十人と、半年だな」
「半年後には冬だな」
「冬に峠から下りてくるんだよ、魔物は」
「じゃあ、半年は待てないな」
§ § §
俺は、落ちた門の扉に手を当てた。
枠が浮かぶ。
[崩落した砦の門扉]
価値 銅貨4枚
状態 蝶番破断・全体崩落
「じゃあ、書き換えるか」
触れるのは価値の数字だけだ。名前は向こうが決める。
§ § §
[崩落した砦の門扉]
価値 銅貨4枚
↓
価値 銅貨50000000枚
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 金貨5000枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[鉄壁城塞の主門]
価値 金貨5000枚
効果 接続する城壁を再生・破壊不能・門番一人で開閉可
§ § §
落ちていた扉が、勝手に立ち上がった。
蝶番が生えて、石の枠にはまる。
そこから左右へ、崩れた石積みが積み直されていく。埋まった井戸が抜けて、櫓が伸びた。
草だらけだった中庭が、石畳になった。
「……城になったな。砦って言ってたのに」
§ § §
デンが、槍を落とした。
落としたことにも気づかずに、門を見上げている。
「これは……私の砦、ですか」
「あんたの砦だ。門番一人で開け閉めできるらしいぞ」
「一人で」
デンが、門に手をかけた。
巨大な鉄の扉が、指一本の力で、すう、と動いた。
§ § §
「動きます。……動きます、これ」
「よかった。力持ち限定だったら困るとこだった」
デンが、門から手を離して、こっちに向き直った。
錆びた鎧のまま、深く頭を下げる。
「五年、誰も来ませんでした。報告書も、返事が来たことがありません」
「これからは来る。俺が来る」
「はっ」
§ § §
ルミナが、櫓の階段を見上げていた。細い肩の上で、銀の髪が揺れている。
「あの、ひとつ、いいですか」
「どうぞ」
「デンさんは、ずっとお一人でご飯を食べていたんですよね」
「多分な」
「じゃあ、今日は村で食べてもらいましょう」
言いながら、両手を胸の前で合わせる。石鹸の匂いが、埃っぽい中庭で妙にはっきりした。
§ § §
デンが、慌てて手を振った。
「持ち場を離れるわけには」
セシリアが、扇の先を門に向けた。顎を引かない立ち姿のまま、目だけがデンを捉える。
「破壊不能の門ですって。閉めておけば、誰も入れないわ」
「……なるほど」
「なるほどではなくて、行くのよ。命令です」
言い切ってから、セシリアは扇の陰で小さく口の端を上げた。青い目が、ばつが悪そうに俺のほうへ逃げる。
§ § §
その晩、村の広場で麦のパンが焼かれた。
デンが、両手でパンを持ったまま、しばらく動かなかった。
ニナが、その隣に座って覗き込む。ぼさぼさの髪を掻きながら、遠慮がない。
「おじさん、食べないの?」
「食べる。……久しぶりなのでな、柔らかいものが」
「柔らかいよ。りょうしゅさまの畑のだから」
§ § §
デンが、一口食べて、それから何度も噛んだ。
白髪の混じった髭が、上下している。
俺は、離れたところでそれを見ていた。
「ご主人様、あの人、泣いてます」
コハクが、耳元で小声で言った。息が耳にかかって、焼きたてのパンの匂いがした。
「見なかったことにしよう」
「はい」
§ § §
翌朝、砦の櫓に旗が上がった。
デンが、自分で縫ったらしい布を、竿に結んでいた。
北の峠が、そこからよく見える。
落ちた門一枚で、五年ぶりに旗が立った。悪くないよね。
§ § §
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