第45話 通行税をふっかけてきた隣の領主を、書き換えた石ころで黙らせた
昨日、腐った柵の丸太を忌避の白柵に書き換えた。
狼は一匹も入ってこなかった。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
今朝、麦を積んだ荷馬車が、隣の領で止められた。
§ § §
「通行税だそうです。麦一袋につき、銀貨十枚」
戻ってきた村の男が、帽子を握りつぶしていた。肩の分厚い体を、小さく丸めている。
「十枚は、売値より高いです」
「売れないように取ってるな、それ」
「へえ。……すみません、俺、言い返せませんで」
「言い返す相手じゃないだろ。俺が行く」
§ § §
橋の向こう、街道の関所に、天幕が張られていた。
椅子を置いて、男が一人座っている。
でっぷりした体に、金糸の上着。指を組むたび、腹の上で肘が乗る。眉が薄く、いつも驚いているみたいな顔をしていた。
「私はタルボット子爵。この街道は私の領を通る」
§ § §
「ラズ領のレインだ」
「ああ、噂の鑑定卿殿。荒地を賜ったそうですなあ」
タルボット子爵が、鼻を鳴らして笑った。
「三人が逃げた土地です。せいぜい、お励みなさい」
「励んだ結果の麦を、通してほしいんだが」
「ですから、通行税を」
§ § §
「銀貨十枚は高すぎるだろ」
「相場です。私が決めた相場ですがね」
コハクの垂れ耳が、ぺたりと後ろに倒れた。琥珀色の目が、まっすぐ子爵を睨んでいる。
「ご主人様、この人、意地悪です」
「聞こえてるぞ、獣の娘」
「聞こえるように言いました」
言い終わってから、俺の袖をきゅっと掴む。掴んだ手が、少しだけ震えていた。
§ § §
子爵が、扇子で自分の首を叩いた。
「よろしい。ならば、こうしましょう。あなたの領で採れた物で、税に見合う値打ちのある品を出しなさい。それで通してさしあげる」
「値打ちのある品」
「金貨百枚。それ以下は認めません」
言いながら、俺の後ろの荒れた地面を見て、また鼻を鳴らした。
§ § §
俺は、足元を見た。
街道の脇に、蹴られたらしい石が転がっている。
拾い上げると、ただの石だった。
枠が浮かぶ。
[道端の石]
価値 銅貨0枚
状態 ただの石
「じゃあ、書き換えるか」
触れるのは価値の数字だけだ。名前は向こうが決める。
§ § §
[道端の石]
価値 銅貨0枚
↓
価値 銅貨30000000枚
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 金貨3000枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[暁星の原石]
価値 金貨3000枚
効果 内側から発光・研磨で宝石になる
§ § §
手の中の石が、白から橙へ、ゆっくり色を変えた。
中に火が入っているみたいに、指の隙間から光が漏れる。
俺は、それを子爵の膝の上に置いた。
「金貨三千枚だ。釣りはいらない」
§ § §
子爵が、石を両手で持ち上げた。
薄い眉が、上まで持ち上がっている。
「これは……本物ですか」
「鑑定卿が鑑定した。それで足りるか」
「足ります。足りますとも」
§ § §
衛兵たちが、荷馬車の車止めを外した。
村の男が、慌てて手綱を取る。
子爵が、石を胸に抱えたまま椅子から立った。
「鑑定卿殿。この石、あと何個ほど」
「もう作らない。同じ物は二度と書き換えられない決まりでね」
「決まり、とは」
「俺の中の決まりだよ」
§ § §
実際、そうだ。
一度書き換えた物は、二度と書き換え直せない。この石も、もう俺の手を離れた。
だから、値切らない。一発で足りる数字を入れる。
セシリアが、扇を開いて口元を隠した。切れ上がった青い目だけが出ている。
「三千枚。十倍以上払ったわね」
「そのぶん、二度と言ってこないでしょ」
§ § §
「あなた、そういうところが商売下手なのよ」
「金は畑から生えますから」
「生えるのよね、あなたの領だと」
セシリアが、扇の陰で息を吐いた。縦ロールの一房が、風で頬に落ちている。
扇が動くたび、柑橘の香油がふわりと届いた。呆れているわりに、機嫌は悪くないらしい。
§ § §
荷馬車が、関所を抜けた。
タルボット子爵は、天幕の前で石を掲げたまま、動かなかった。
通行税の話は、二度と出てこなかった。
ダレンが、隣で目を細めた。隈の濃い目のまま、口の端だけ上がっている。
「金貨三千枚で口を塞いだな」
「塞いだんじゃない。払っただけだよ」
§ § §
夕方、村に戻ると、ニナが門で待っていた。
裸足のまま、白い柵に手をかけている。
「りょうしゅさま、麦、行けた?」
「行けたよ。石ころ一個で行けた」
「石ころ?」
「そういう仕事なんだよ、俺のは」
道端の石を三千枚にして、麦を街道に乗せた。悪くないよね。




