第43話 落ちた橋を、荷馬車が百台通れる橋にした
昨日、痩せた畑の土を豊穣の黒土に書き換えた。
麦は一晩で実った。今朝も実っている。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
問題は、その麦を村の外に出せないことだった。
§ § §
「売りに行けないのか」
「行けません。谷の橋が、二年前に落ちましたので」
ハーグが、折れた鍬を杖にして、谷のほうを指した。
村から半刻。深い谷が、地面をまっすぐ裂いている。
両岸に、橋げただった石が残っているだけだった。
§ § §
下を覗くと、底が見えない。
風が、下から吹き上げてくる。
コハクが縁から一歩下がって、垂れ耳を伏せた。
「ご主人様、ここ、怖いです」
「無理に見なくていいぞ」
「でも見ます。ご主人様が書き換えるところ、見たいので」
言いながら、俺の袖を握って離さない。握った手が、少しあたたかかった。
§ § §
ダレンが、崖の縁の石を蹴った。石が落ちて、音が返ってこない。
「迂回路は」
「ございます。三日、余計にかかりますが」
「麦が三日分傷むな」
「傷むどころか、荷馬車が一台しかありません」
§ § §
ハーグの後ろで、村の男が帽子を握りつぶしていた。
日に焼けた、肩の分厚い男だ。喋るより先に頭を下げる癖があるらしく、もう二回下げている。
「お領主様。麦は、王都に持っていけば高く売れるんですか」
「高く売れる。今なら特にな」
「なら、ここを渡りたいです。俺、荷を担いででも」
§ § §
担がせるつもりはない。
俺は、残った橋げたの石に手を触れた。
枠が浮かぶ。
[崩落した橋の石台]
価値 銅貨5枚
状態 橋桁喪失・基礎のみ残存
「じゃあ、書き換えるか」
触れるのは価値の数字だけだ。名前は向こうが決める。
§ § §
[崩落した橋の石台]
価値 銅貨5枚
↓
価値 銅貨9000000枚
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 金貨900枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[不落の大橋]
価値 金貨900枚
効果 自重無限支持・崩落しない・荷馬車百台の同時通行に耐える
§ § §
石台から、白い石が伸びた。
谷の上を、両側から線を引くみたいに進んでいく。
真ん中でぶつかって、ごとん、と重い音がした。
欄干まで、勝手に生えている。
「……でかいな。村の人数に対して、でかすぎるな」
§ § §
村の男が、橋の上に一歩乗った。
揺れない。
二歩、三歩と進んで、真ん中で跳ねてみせる。
「揺れねえ! お領主様、これ、揺れねえです!」
「百台まで平気らしいぞ。一台しかないけど」
「一台しかねえです!」
§ § §
男が笑って、また頭を下げた。
ニナが橋の上を端から端まで走って、戻ってきた。裸足の足が、白い石の上で汚れて跡になっている。
「りょうしゅさま、こっち側、知らない道がある!」
「そりゃ、二年ぶりだからな」
「わたし、あっち行ったことない」
「そのうち麦を売りに行くから、ついてくればいい」
§ § §
セシリアが、橋の欄干に指を滑らせた。縦ロールが、谷風で一房、頬に落ちる。
風下に立つと、白薔薇の香りが谷の匂いを押しのけた。
「王都の大橋より立派じゃないの」
「作るつもりはなかったんですけどね」
「あなた、いつもそう。手が滑ったみたいな顔で国宝を作るのよ」
「滑ったのは数字だけですよ」
§ § §
ルミナが、谷の下を覗き込んで、すぐ顔を上げた。細い肩が、少し縮んでいる。
「高いですね……」
「無理に見なくていいですよ」
「はい。でも、渡れるようになったのは、嬉しいです」
ルミナが、銀の髪の毛先を指で挟んだ。まばたきが多い。
「ここ、二年、村の人が諦めていた場所ですから」
§ § §
夕方までに、村の荷馬車に麦を積んだ。
一台だけの荷馬車が、百台用の橋を、ごとごとと渡っていく。
見送る村人が、全員で手を振っていた。
ハーグが、俺の隣で目を細めている。
「明日には、隣町の市に着きます。二年ぶりです」
§ § §
「荷馬車、もう何台か買えるといいな」
「麦が売れれば、買えます。売れれば、の話ですが」
「売れるよ。一晩で実る麦だぞ」
コハクが、橋の真ん中で尻尾を振っていた。
「ご主人様、この橋、名前がついてます!」
「不落の大橋な。ついでに落ちない橋になったらしい」
「落ちないの、大事です!」
§ § §
夜、村に戻ると、井戸の周りで子どもが水を掛け合っていた。
その向こうの畑が、月明かりで白く光っている。
水と、麦と、橋。三日で、三つ。
荷馬車一台のために、百台通れる橋を架けた。悪くないよね。




