第42話 実らない畑の土を、一晩で実る土にした
昨日、辺境ラズ領を押し付けられて、涸れた井戸を湧水の井戸に書き換えた。
村に、三年ぶりに水が戻った。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
朝、村長のハーグが、俺を畑まで連れていった。
§ § §
白く乾いた土が、地平線の手前まで続いている。
足で踏むと、砂みたいに崩れた。
ハーグが、折れた鍬の先で土を掻いた。腰が曲がっているぶん、顔が土に近い。
「水は戻りました。ですが、この土では、麦は実りません」
「撒いても駄目なのか」
「五年、撒いております。芽は出る。そこで枯れる」
§ § §
畑の隅に、去年の分らしい麦の茎が突っ立っていた。
触ると、指で潰れて粉になった。
コハクが、鼻を土に近づけて、くしゃみをした。垂れ耳が、その勢いでぱたりと揺れる。
「わふっ。ご主人様、この土、匂いがしません」
「匂いがしないと、駄目なのか」
「コハクの鼻だと、いい土は匂います」
§ § §
ダレンが、しゃがんで土を指でこすった。痩せた背中が、ローブの中で丸まっている。
「魔力も通ってないな。枯れきってる」
「魔法でどうにかなるか」
「無理だ。一畝なら水は出せる。全部は無理だ」
「じゃあ、俺の仕事だな」
§ § §
俺は、足元の土をひとつかみ持ち上げた。
枠が浮かぶ。
[痩せた畑の土]
価値 銅貨1枚
状態 養分欠乏・保水不能
「じゃあ、書き換えるか」
触れるのは価値の数字だけだ。名前は向こうが決める。
§ § §
[痩せた畑の土]
価値 銅貨1枚
↓
価値 銅貨2000000枚
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 金貨200枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[豊穣の黒土]
価値 金貨200枚
効果 養分無尽・一晩で作物が実る・隣接する土に伝播する
§ § §
手の中の土が、色を変えた。
白っぽかったものが、黒くて重い塊になっている。
指の間から落ちた瞬間、地面に触れたところから、じわ、と黒が広がった。
波紋みたいに、畑の端まで走っていく。
「伝播、だってさ」
§ § §
ハーグが、折れた鍬を取り落とした。
「畑が、黒くなっていく……」
「これで全部いけるはずだ。種はあるか」
「ございます。撒いても無駄だと、蔵に積んだままで」
「じゃあ全部持ってこよう」
§ § §
村中が出てきて、種を撒いた。
痩せた腕の男も、腰の悪い婆さんも、みんな袋を抱えて畑に入る。
ニナが、裸足のまま土の上を走り回っていた。ぼさぼさの髪が、跳ねている。
「りょうしゅさま、土、あったかい!」
「そうか。踏んで転ぶなよ」
「転んでも土だもん」
§ § §
ルミナが、種を撒く村人の列に混じっていた。
銀の髪を肩の高さで切りそろえた頭が、細い肩の上で揺れている。
「わたし、種まき、初めてです」
「聖女様にやらせる仕事じゃないだろ」
「いいえ。こういうの、ずっとやってみたかったんです」
袖をまくって、細い腕で種袋を抱え直す。すれ違うと、石鹸とラベンダーの匂いがした。
§ § §
翌朝。
村の外から、悲鳴みたいな声が聞こえて、俺は宿代わりの小屋を飛び出した。
畑が、金色だった。
腰の高さまで伸びた麦が、朝日を受けて、端から端まで揺れている。
「……マジか。一晩って、本当に一晩なんだな」
§ § §
村人が、麦の中に立ち尽くしていた。
誰も、穂に手を出せずにいる。
ハーグが、震える手で一本だけ穂を折った。粒を指で潰して、口に入れる。
それから、声を上げて泣き出した。
「麦だ。麦です。本物の、麦です」
§ § §
「刈っていいぞ。刈っても、また一晩で実るはずだ」
「毎晩、ですか」
「効果欄にそう書いてある。信じるしかないな」
セシリアが、麦の穂を一本つまんで見ていた。顎を引かない立ち姿は、こんな畑の真ん中でも変わらない。切れ上がった青い目が、俺のほうへ動く。
「これ、王都に運べばいくらになると思って?」
「考えたこともないですね」
「一晩で実る麦畑よ。国が傾くわ」
言いながら、穂を持った指先だけが落ち着かない。金の縦ロールが、朝風で一房、頬に落ちた。セシリアはそれを扇の縁で押し戻して、少し赤い顔を隠した。
§ § §
「じゃあ、傾かない程度に売りますよ」
コハクが、麦をかき分けて走ってきた。琥珀色の丸い目が、朝日で光っている。
麦の匂いと一緒に、お日様みたいな甘い匂いが飛び込んできた。
「ご主人様、村の人がパンを焼くそうです!」
「早いな」
「明日には食べられるって、みんな言ってます」
§ § §
ニナが、麦の中から顔だけ出した。
「りょうしゅさま。パン、くれるの?」
「今度は、くれる」
「ほんと?」
「村の畑で採れたやつだけどな」
金色の畑を眺めながら、俺は伸びをした。
昨日まで白かった土が、今朝は一面の麦だ。悪くないよね。




