第4話 ぼったくり商人、俺の値付けで破産した
昨日、俺はゴミ捨て場の皿や壺を国宝に書き換えて、商人ドルグに金貨五百枚で売った。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
その日の朝、宿の食堂に、そのドルグが来た。
「坊や! いや、レインさん。探しましたぞ」
指の金の輪が、昨日より二つ増えていた。
手を揉みながら、テーブルの脇に立っている。
「まだ何かお持ちでは? あの皿、王都の貴族が競って値をつけましてな」
「いくらで売れたんですか」
「そ、それは商売の秘密でして」
ドルグの視線が泳いだ。
コハクがパンを持ったまま、じっとドルグを見ている。
ドルグは、そのコハクを見て顔をしかめた。
「レインさん。ひとつご忠告を」
「なんですか」
「そういう獣くさいのを連れて歩くのは、商売相手に嫌われますぞ。首輪もつけていないでは、しつけもできていない」
コハクの耳が、ぺたんと寝た。白い先端が、肩に触れそうなくらい下がる。
パンを持つ手が止まっている。
俺は椅子に座り直した。
「ドルグさん」
「はい」
「今の、もう一回言ってみてください」
「いや、これは商人としての善意の助言でしてな」
「コハクは俺の仲間です。犬扱いされる筋合いはない。……あんた、目は利くのに人は見えないんだな」
「まあまあ。それより、商品を」
この男、金の話しか耳に入らないらしい。
だったら、金の話でやるしかないよなぁ。
§ § §
俺は宿の裏庭に出た。ドルグがついてくる。
薪の山から、割れた木の椀を拾った。
枠が浮かぶ。
[割れた木の椀]
価値 銅貨0枚
「じゃあ、書き換えるか」
触れるのは価値の数字だけだ。名前に指を這わせても光らない。
[割れた木の椀]
価値 銅貨0枚
↓
価値 銅貨30000000枚
数字の下で、単位が勝手に切り上がっていく。銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。
価値 金貨3000枚
「よし、いい感じだ」
枠が消えて、また浮かんだ。
[建国王の聖杯]
価値 金貨3000枚
この世に一つだけ
「名前は今日も、向こうが勝手に決めたな」
木の椀が、金と銀の混じった杯に変わった。ふちに宝石が七つ並んでいる。
朝の光を受けて、庭が明るくなった気がするほどだった。
コハクが息を吸い込んだ。
「ご主人様、それ……」
「聖杯だ」
ドルグの膝が、がくんと落ちた。
両手で杯に触れようとして、途中で引っ込める。
「け、建国王の聖杯……失われて二百年……」
「金貨三千枚です」
「さ、三千!」
「この世に一つだけですから」
ドルグは唇を震わせた。
「持ち合わせが……いや、店を担保に。土地も。倉の在庫も全部出す。それで三千に届く」
「全財産ということですか」
「これを逃したら、私は商人ではない!」
俺はうなずいた。
「では、それで」
§ § §
その日の昼、ドルグは店を空にした。
馬車三台分の在庫と、店の権利書と、指の金の輪まで置いていった。
聖杯を抱えて帰っていく背中が、やたら嬉しそうだった。
俺は裏庭に戻った。
薪の山には、割れた木の椀がまだ十以上ある。
「ご主人様、それも書き換えるんですか」
「そうだ」
俺は一つずつ拾って、価値の数字だけをなぞった。全部、さっきと同じ数字にする。
[黄金の水盤]
価値 金貨3000枚
[古竜の角杯]
価値 金貨3000枚
[神授の聖杯]
価値 金貨3000枚
「……お、なんか格上のが出たな」
名前は毎回、向こうが勝手に決める。今度出たのは、建国王のよりさらに由緒がありそうな名前だった。
十個並べたうち、神授の聖杯は三つになった。
庭に並べると、朝日を返してまぶしいくらいだった。
「コハク、これを市場に並べてくる。一個、金貨十枚でいい」
「十枚!? 三千枚じゃないんですか」
「捨て値でいいんだよ、拾い物だし」
コハクの耳が、ぴんと立った。
「……あ」
「分かったか」
「ご主人様、こわいです!」
§ § §
市場は昼過ぎに大騒ぎになった。
建国王のよりさらに格上らしい聖杯が、露店で金貨十枚。しかも三つ並んでいる。
人が押し寄せて、夕方までに全部売れた。
夕方、ドルグが宿に走り込んできた。顔が白い。
「レインさん! あれは、あれは何ですか!」
「神授の聖杯ですよ。建国王のより格上らしいです」
「そんな……私のは、この世に一つだけだと!」
「一つだけですよ。今も」
「なら、なぜあんな物を捨て値で! 私にも一つ、売ってくれ!」
「ごめんね、あんたには売らない」
俺は椅子から立った。
「あなたが買ったのは、間違いなく本物の建国王の聖杯です。金貨三千枚の価値がある。俺はそう鑑定しました。値段も、名前も変えてません」
「では、あの神授のとやらは……」
「拾い物なんで、捨て値でいいかなと。あんたに売る義理はないので」
ドルグの脂の浮いた顔から、血の気が引いていった。
ドルグは膝から崩れた。
店も、土地も、在庫も、もうない。手元にあるのは、金貨三千枚の価値があるという聖杯が一つ。それを売る店すら、もうなかった。
「なぜ、こんなことを」
「うちの仲間を、犬扱いしたからです」
コハクが俺の袖を引いた。
耳が、ぴんと立っている。
「ご主人様、コハクのために怒ったんですか」
琥珀色の目が、じわりと潤んでいる。
「まあ、そうなるかもね」
「わふっ!」
コハクが飛び上がった。尻尾が、俺の腰にばしばし当たる。
ドルグは杯を抱えて、ふらふらと路地の向こうへ去っていった。もう店は、彼の物じゃない。
残ったのは、馬車三台分の在庫と、店の権利書。
俺は権利書を眺めた。
「宿代の心配は、当分いらないな。椀ひとつで店が建つとは思わなかったよ」
「ご主人様、すごいです!」
コハクが両手を上げた。尻尾が、千切れそうな速さで揺れている。
俺はコハクの頭を撫でて、権利書を懐にしまった。
――拾った皿一枚が、店ひとつになった。
悪くない一日だった。
今日の宿に戻った俺達は、祝杯をあげることにした。
「ご主人様、かんぱーい、ですー」
いつの間にか、コハクの前に空のグラスが並んでいた。
顔が赤い。目が、とろんとしている。
「コハク、あつい、です……」
コハクの手が、服の襟にかかった。
「ぬぎ、ます」
「お、おい! コハク、こらっ!」
俺の声にも反応を示さず、コハクの手が服にかかり、白い肌があらわに――




