第37話 魔法使いも、暁の剣を抜けてきた
昨日、隣国使者の暗殺未遂を防いだ。毒入りの酒を、王家秘蔵の芳醇酒に書き換えた。
使者は「命の恩人だ」と言って帰っていった。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
式典から数日後、宿の前にまた人が立っていた。
§ § §
今度は、痩せた男だった。
黒いローブの肩が余っている。目にかかるまで伸びた黒髪の下、目の下の隈だけが濃い。杖を背負ったまま、壁に寄りかかっていた。
「……久しぶりだな、レイン」
「ダレン、か」
暁の剣の魔法使いだ。追放の日、俺と一緒にいた一人。
§ § §
「何の用だ」
「単刀直入に言う。俺も、パーティを抜けたい」
「ルミナの時と同じ流れか」
「同じだ。ガイはもう、誰の話も聞かない」
ダレンが、乾いた笑いを漏らした。抑揚のない低い声だから、笑ったのかどうか、耳では分からない。口の端だけが動いていた。
§ § §
「あの日、俺もお前を追い出す側にいた。今さら都合がいいのは分かってる」
「分かってるなら、なんで来た」
「他に、行く場所がなかった」
正直な答えだった。
「恨み言の一つも、覚悟してきたんだがな」
「言われたいのか」
「いや、言われなくていいなら、それに越したことはない」
ダレンが、力なく笑った。
§ § §
ルミナが、玄関先に顔を出した。
「ダレンさん……」
「よお。お前ももう、こっちにいたのか」
「はい。お世話に、なってます」
ダレンが、少し眩しそうな顔をした。
「羨ましいな、それは」
§ § §
「暁の剣は、今どうなってるんだ」
俺が聞くと、ダレンは肩をすくめた。
「メンバー、俺とガイの二人だけだ。他は先週辞めた。依頼も、Fランクすら回してもらえない」
「そこまでか」
「そこまでだ」
§ § §
ダレンが、背負っていた杖を下ろした。
先端の宝石が、真っ二つに割れている。
「これも、ガイの八つ当たりでな。ルミナの時と同じだ」
枠が浮かぶ。
[魔法使いの杖(宝石破損)]
価値 銅貨0枚
効果 魔法の威力を上げる(現在、機能停止)
「じゃあ、書き換えるか」
§ § §
名前には触れない。なぞるのは価値の数字だけだ。
[魔法使いの杖(宝石破損)]
価値 銅貨0枚
↓
価値 銅貨5000000枚
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 金貨500枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[蒼穹の杖]
価値 金貨500枚
効果 魔法の威力を五倍にし、詠唱時間を半分にする
破損しない
「よし、当たりだ。ルミナのと同じくらい出たな」
杖が、青く輝いた。
ダレンが、両手で受け取って、しばらく黙っていた。
「……悪いな、本当に」
「気にするなよ。困ってる奴を助けただけだ」
§ § §
「うちに来るか」
「いいのか。俺は、お前を追い出した側だぞ」
「過去は過去だ。今、困ってるなら別だろ」
ダレンが、目を伏せた。
「恩に着る」
「わふっ!」
コハクが、奥から飛び出してきた。耳が両方とも真上を向いて、尻尾が扉に当たっている。
§ § §
「新しい仲間ですか!」
「ああ、多分な」
「ようこそです!」
琥珀色の目が、来客より先に歓迎している。
ダレンが、面食らったように固まって、それから小さく笑った。
「賑やかなパーティだな」
「これから、もっと賑やかになる」
ルミナが、蒼穹の杖を見て目を細めた。
「これで、二人目です。仲間が増えるの、嬉しいですね」
「お前が一番嬉しそうだな」
「そう、ですか?」
銀の毛先を指で摘まんで、頬をほんのり染めていた。
昼を過ぎたばかりの光が、宿の窓から差し込んでいた。
叩き割られた杖が金貨五百枚になって、仲間がもう一人増えた。悪くないよね。




