第36話 隣国使者の暗殺未遂を、防いだ
昨日、王城の壊れた噴水を永久の泉に書き換えた。セシリアが固まっていた。
式典は三日後だと言っていたが、気づけば当日になっていた。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
セシリアから招待状が届いて、式典の警備を手伝うことになった。
§ § §
「本当は暁の剣が警備の予定だったのだけど」
馬車の中で、セシリアが言った。
「建国祭の時と同じ枠ですか」
「そう、あのあとも継続で任されてたのだけど。依頼の失敗が続いて、ギルドから警備委託を打ち切られたの」
ルミナが目を伏せた。膝の上で、銀の毛先を指に巻きつけている。
コハクが、その手をそっと握った。耳が、寄り添うように片方だけ倒れる。
§ § §
王城の庭園に、隣国の使者一行が到着した。
永久の泉が、朝日を受けて輝いている。
「見事な泉ですな」
白髪を短く刈った小柄な老人が、泉を見上げて呟いた。これが使者らしい。声が細くて、聞き取るのに一歩近づく必要があった。
衛兵たちが、庭園の四方に立って辺りを見張っている。兜の下の顔は、どれも同じくらい若い。
式典は、順調に始まった。
§ § §
だが、乾杯の直前。
俺は、給仕係の一人に違和感を覚えた。
痩せた若い男だ。盆を持つ手だけが、指の先まで白い。
鑑定してみる。
枠が浮かぶ。
[給仕係の男が懐に隠す小瓶]
価値 銀貨3枚
中身 猛毒
使者のグラスに、男の目が何度も向いている。隠して、近づいて、離れる。それを繰り返している。
注ぐ振りだけして、一度も注いでいない。
「まずいな」
§ § §
男が、使者のグラスに近づいていく。
俺は、コハクに耳打ちした。
「あの男を止めろ。俺はグラスに触れる」
「わふっ、任せてください!」
耳が、狩りの前みたいにぴんと前を向いた。
コハクが、駆け出した。
俺も、給仕の列を割って、使者の席へ急いだ。
男がグラスに小瓶を傾けた、その瞬間。
「失礼」
俺は、そのグラスに手を伸ばした。
§ § §
「じゃあ、書き換えるか」
枠が浮かぶ。
[毒入りの葡萄酒]
価値 銅貨5枚
効果 致死性の猛毒
触れるのは価値の数字だけだ。何が出るかは、賭けになる。
[毒入りの葡萄酒]
価値 銅貨5枚
↓
価値 銅貨50000枚
銅貨100枚で銀貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 銀貨500枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[王家秘蔵の芳醇酒]
価値 銀貨500枚
効果 なし(極上の味)
毒が、ただの高級酒に変わった。
同時に、コハクが男に体当たりした。
§ § §
「な、なんだお前は!」
「怪しい動きしてたので!」
男が、慌てて逃げようとする。
衛兵が、すぐに取り押さえた。
事情を聞いた使者の顔から、色が引いた。細い声が、さらに細くなる。
「わ、私を狙っていたのか……」
「もう大丈夫です。グラスの中身も、無害になってます」
§ § §
使者が、恐る恐るグラスを口にした。
「……美味い。これは、何という酒だ」
「さあ。たまたま、いい酒が出ちゃったんですよ」
使者が、深く頭を下げた。
「命の恩人だ。この国との友好、しかと胸に刻もう」
セシリアが、俺の隣で胸を撫で下ろしていた。背筋だけは、いつも通りまっすぐのままだ。扇を握る指に、力が入っている。
「本当に、レインが警備でよかったわ」
言い終わってから、頬に落ちた金髪の一房を、扇の先で払った。
§ § §
「暁の剣だったら、危なかったですね」
コハクが、ぽつりと言った。
誰も、それを否定しなかった。
ルミナだけが、泉を見つめたまま黙っていた。まばたきの数が、増えている。
「わたしがいた頃も、こういう時は緊張してました」
「今は?」
「今は、隣で見ていられます」
コハクが、ルミナの肩に手を置いた。
「これからも、隣にいましょう」
「はい」
永久の泉が、静かに水音を立てていた。
毒が極上の酒になって、誰も死なずに乾杯できた。悪くないよね。
§ § §
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