第35話 王女がルミナに、対抗意識を燃やした
昨日、ガイがルミナを取り返しに来て、失敗して帰っていった。
落としていったボタンを、幸運のボタンに書き換えて渡した。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
その日の午後、宿にセシリアが馬車で乗りつけてきた。
§ § §
「レイン。新しい仲間が入ったと聞いたわ」
「耳が早いですね」
「王城にも噂は届くのよ」
セシリアが、ルミナを上から下まで眺めた。人を見るとき、この人は必ずこうする。顎を引かないまま、切れ上がった青い目だけが下りていく。
「あなたが、噂の聖女ね」
「は、はい。ルミナと申します」
ルミナが、慌てて頭を下げる。銀の毛先が、肩から前へ流れた。
§ § §
「ふうん」
セシリアが、扇で口元を隠した。
「無詠唱の回復魔法、というのは本当なの?」
「本当です。杖のおかげで」
「杖? 道具に頼っているだけということかしら」
コハクが、むっとした顔で割り込んだ。
「ルミナさんは、すごいんです! 崖崩れも治しました!」
§ § §
「わたくしだって、崖崩れくらい」
「治せませんよね」
「治せなくても、他のことができるもの」
セシリアが、腕を組んだ。
張り合っているのは、コハクよりセシリアの方だった。
「べ、別に、対抗してるわけじゃないんだから」
誰も、そんなことは聞いていなかった。
§ § §
「それより、用件は」
俺が聞くと、セシリアはわざとらしく咳払いした。
「王城の庭園にある噴水が、壊れたの。隣国の使者を迎える式典が三日後にあるのに」
「よくある依頼ですね」
「よくあるとか言わないで。国の威信がかかっているのよ」
「分かりました。見に行きます」
ルミナが、遠慮がちに手を挙げた。
「わたしも、ご一緒していいですか」
「もちろんです」
セシリアが、ちらりとルミナを見て、扇の陰で何か呟いた。よく聞こえなかった。
§ § §
王城の庭園には、大きな石の噴水があった。
中央の女神像の腕が折れて、水が止まっている。
枠が浮かぶ。
[折れた女神像の噴水]
価値 銅貨0枚
状態 破損・機能停止
「じゃあ、書き換えるか」
名前にも状態にも指は届かない。触れるのは価値の数字だけだ。
[折れた女神像の噴水]
価値 銅貨0枚
↓
価値 銅貨40000000枚
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 金貨4000枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[永久の泉]
価値 金貨4000枚
効果 尽きることなく澄んだ水を噴き上げる・自己修復する
夜には淡く光る
「おっ、夜に光るのまでついてきた。式典向きだろ、これ」
§ § §
水が、天に向かって噴き上がった。
夕方の光を受けて、水しぶきが虹色に光る。
セシリアが、口を半開きにしたまま固まった。
「な……」
「気に入りませんでした?」
「気に入らないわけないでしょう!」
声が裏返っていた。
§ § §
ルミナが、噴水を見上げて微笑んだ。
「綺麗ですね」
水しぶきが、淡い緑の目に映り込んでいた。
「そうですね」
セシリアが、二人のやり取りを見て、扇をぱたぱたと動かした。
「わたくしも、何かできることを考えないと」
「王女様は、今のままで十分だと思います」
コハクが言うと、セシリアの耳から首まで赤くなった。縦ロールが一房、頬に落ちる。
「な、慰めなんて求めてないわ!」
扇で口元を隠したが、青い目が泳いでいる。
セシリアが、扇をぱたぱたと動かしながら、馬車の方へ歩いていく。
「今日のところは、これで帰るわ。式典、楽しみにしてなさい」
「はい」
馬車が去っていくのを、三人で見送った。
三日後の式典に間に合って、しかも夜は光るらしい。悪くないよね。




