第34話 ガイが、ルミナを取り返しに来た
昨日、牧場の羊たちをルミナが治した。ついでに水桶も清浄の桶に書き換えた。
噂話で、暁の剣が賠償請求されたと聞いた。ルミナは何も言わなかった。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
その日の朝、宿の前に、赤い鎧の男が立っていた。
§ § §
「ルミナを返してもらう」
ガイだった。目の下に、濃い隈ができている。撫でつけていたはずの赤茶の髪が、洗っていない束になって額に垂れていた。左頬の傷だけが、変わらず白い。
「返すも何も、こいつは物じゃない」
「聖女は、パーティの財産だ!」
太い声が、通りの端まで響いた。この男は、普通に喋っても怒鳴っているように聞こえる。
道行く人が、何事かと足を止め始める。
コハクが、俺の前に出ようとする。
「ご主人様、コハクも」
「大丈夫だ。まだ、話すだけだから」
コハクは、それでも耳を伏せたまま動かなかった。
§ § §
ルミナが、俺の後ろから一歩前に出た。
「戻りません」
「ルミナ、お前まで俺を裏切るのか」
「裏切ってません。ただ、抜けただけです」
「同じことだ!」
ガイが、剣の柄に手をかけた。
§ § §
「おい」
俺は、ガイとルミナの間に入った。
「ここで抜くのか。往来のど真ん中で」
「貴様には関係ない」
「関係あるだろ、うちのパーティメンバーに剣向けようとしてるんだから」
ガイの手が、剣の柄で止まった。
周りの視線が、ガイに集まっていた。
§ § §
「聖女がいなくなってから、依頼が全部失敗するんだ! お前が唆したんだろう!」
「唆してない。お前が杖を壊したんだろ」
人だかりから、ざわめきが起きた。
「壊した?」
「稽古の的にしたって噂、本当だったのか」
ガイの顔が、赤くなる。
§ § §
「う、うるさい! 所詮、道具の一つだ!」
「その道具に、俺は今、飯を食わせてもらってる」
ルミナが、小さく息を呑んだ。
「わたしは、道具じゃありません」
初めて、遅くも柔らかくもない声だった。細い肩が、震えずに止まっている。
「ガイさんの下で、ずっと自分を殺してきました。でも、もう戻りません」
§ § §
ガイが、拳を握って、それを解いた。
何か言おうとして、言葉が出てこないようだった。
人だかりの中から、声が飛んだ。
「聖女様、頑張って!」
「暁の剣、いい加減にしろよ」
ガイが、周りを見回した。
味方は、どこにもいなかった。
§ § §
「……くそ」
ガイが、踵を返して歩き去った。
背中が、以前よりずっと小さく見えた。
通行人の一人が、地面に落ちていたガイの外套の飾りボタンを拾って、こっちに差し出した。
「これ、落としていきましたよ」
「ああ、どうも」
枠が浮かぶ。
[安物の飾りボタン]
価値 銅貨1枚
「じゃあ、書き換えるか」
§ § §
[安物の飾りボタン]
価値 銅貨1枚
↓
価値 銅貨3000枚
銅貨100枚で銀貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 銀貨30枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[幸運のボタン]
価値 銀貨30枚
効果 持ち主に小さな幸運が舞い込む
「幸運か。今日はいいものが出たな」
「これ、ルミナに」
「わたしにですか」
「これからの分」
ルミナが、ボタンを両手で受け取った。
目が、少し潤んでいた。
「大事にします」
両手で包んだボタンを、胸の前でそっと握った。
ルミナが、ボタンを胸元にしまいながら、こっちを見上げた。
「守ってくれて、ありがとうございます」
「守ったのは、お前自身の言葉だよ。俺は隣にいただけだ」
ルミナが、目を伏せて、それからまた顔を上げた。頬が、朝の光より赤い。
コハクが、ルミナの背中をぽんと叩いた。
「わふっ、良かったですね!」
「はい」
朝の光の中、三人で宿へ戻った。
落としていった銅貨一枚のボタンが、仲間の幸運のお守りになった。悪くないよね。




