第33話 暁の剣、Fランクの依頼で失敗した
昨日、崖崩れの現場で、ルミナの杖が十数人を救った。
俺は瓦礫を綿毛みたいに軽くしただけだ。目立ったのはルミナだった。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
翌朝、ギルドの掲示板前が、少し騒がしかった。
§ § §
「暁の剣、また失敗したってよ」
「今度は何」
「街道の護衛依頼。魔物の襲撃で怪我人出て、治療が間に合わなかったらしい」
冒険者たちが、他人事のように話している。
コハクの耳が、ぴくりと動いた。
「ご主人様、あの人たちのことです」
「聞こえてる」
§ § §
「Fランクの雑用しか受けられないって聞いてたのに、それも失敗か」
「聖女が抜けたんだろ、あそこ。回復役いないんじゃ、そりゃ厳しい」
ルミナが、ぴくりと肩を揺らした。銀の毛先を指で挟んで、そのまま止まる。
「わたしの、せい……」
「違う」
俺は、はっきり言った。
「杖を壊したのはガイだ。お前のせいじゃないよ」
ルミナが、小さく頷いた。だが、目は伏せたままだった。
§ § §
その日、ギルドから俺たちにも依頼が来た。
「近くの牧場で、家畜が原因不明の病気に。獣医も匙を投げたそうです」
リサが、書きながら依頼書を差し出す。事務的な声のまま、そばかすの顔だけが少し笑っていた。
「Fランクじゃないんですか、それ」
「Fランクですけど、あなたなら」
「行きます」
ルミナが、依頼書を覗き込んだ。
「家畜の治療なら、わたしも役に立てそうです」
「頼りにしてる」
銀の髪の隙間で、ルミナの耳が少しだけ赤くなった。両手が、胸の前で合わさっている。
牧場に着くと、羊たちが力なく地面に伏せていた。
§ § §
日に焼けた牧場主が、青い顔で説明する。帽子を脱いだり被ったりを、話しながら繰り返していた。
「一週間前から、急に。餌も食べなくて」
羊の一頭を、鑑定してみた。
枠が浮かぶ。
[病んだ羊]
状態 原因不明の疫病・進行中
「原因不明、か」
ルミナが、杖を構えた。
「わたしがやります」
§ § §
無詠唱の光が、羊の群れに降り注ぐ。
一頭、また一頭と、羊たちが立ち上がっていく。
「な、治った……!」
牧場主が、腰を抜かしそうになった。
俺は、羊小屋の隅に落ちていた古い水桶を拾った。
枠が浮かぶ。
[ひび割れた水桶]
価値 銅貨0枚
水が漏れる
「じゃあ、書き換えるか」
名前には触れない。なぞるのは価値の数字だけだ。
[ひび割れた水桶]
価値 銅貨0枚
↓
価値 銅貨20000枚
銅貨100枚で銀貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 銀貨200枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[清浄の水桶]
価値 銀貨200枚
効果 注いだ水を常に清浄に保つ・病を予防する
永久に壊れない
「おっ、病気予防つきだ。今日はいい引きだったな」
桶が、淡い青に輝いた。
§ § §
「これに水を汲んでおけば、もう病気にはならないはずです」
「ありがとうございます……本当に、ありがとうございます」
牧場主が、何度も頭を下げた。
羊たちが、元気に草を食み始めている。
コハクが柵から身を乗り出した。耳が上を向いて、尻尾が横木を叩いている。
「わふっ、みんな立ってます!」
「桶のおかげと、ルミナのおかげだ」
「二人のおかげ、です」
ルミナが、羊の頭を撫でながら小さく笑った。
§ § §
王都に戻る途中、噂話がまた耳に入った。
「暁の剣、依頼主に賠償請求されたらしいぞ」
「そのうち、ギルドから資格剥奪じゃないか」
俺は、聞こえないふりをした。
ルミナが、一瞬だけ足を止めた。
だが、すぐにまた歩き出した。振り返りはしなかった。
§ § §
帰り道、コハクがルミナの手を握った。
「ルミナさん、また助けました!」
「今度は、わたし一人じゃないです。ご主人様が桶を」
「二人でやったってことだ」
ルミナが、初めて自分から笑った。伏せがちだった目が、このときだけ上を向いている。
夕暮れの道を、三人並んで歩いた。




