第32話 聖女の杖で、崖崩れの下敷きを全員助けた
昨日、ルミナが暁の剣を抜けて、うちに来た。
ガイに杖を壊された話を聞いて、再生の聖杖に書き換えた。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
王都の外れで、崖崩れがあったと聞いたのは、その翌日だった。
§ § §
ギルドの掲示板に、緊急依頼が貼られていた。
「作業員十数名、生き埋め」の文字に、コハクの耳が伏せる。
「ご主人様、行きますか」
「行くに決まってる」
ルミナが、杖を握りしめた。
「わたしも、行きます」
三人で、宿を飛び出した。
道すがら、コハクがルミナを心配そうに見た。
「ルミナさん、無理しないでくださいね」
「無理じゃないです。むしろ、久しぶりに、役に立てそうで」
その声には、これまでにない張りがあった。
§ § §
現場は、土砂で道が半分埋まっていた。
救助隊が、瓦礫を掘り返している。土で真っ黒になった男たちが、声も出さずにただ手を動かしていた。怪我人が、道端に並んで寝かされている。
誰も、うめき声を上げる元気もないようだった。
「治療師、足りてないんですか」
近くの隊員に聞くと、疲れた顔で頷いた。
「一人しかいなくて。回復魔法も、詠唱に時間がかかるし」
ルミナが、一歩前に出た。細い肩を、初めて前に押し出すように。遅い喋り方はそのままなのに、声の芯だけが立っている。
「わたしがやります」
§ § §
「無詠唱で、いけます」
ルミナが、怪我人の列に杖をかざした。
光る詠唱陣も、呪文の言葉もなかった。
ただ、杖の先が輝いて、光の粒が降り注ぐ。
一人、また一人と、呻き声が止んで、目を開けていく。
「な、なんだこれ……」
「痛くない……」
隊員たちが、口々に驚きを上げた。
§ § §
俺も、崩れた道の隙間から、埋まっている一人を見つけた。
瓦礫の下、腕だけが見えている。
「大丈夫か!」
「……足が、動かない」
枠が浮かぶ。
[崩れた岩の塊]
価値 銅貨0枚
重さ 推定二トン
「じゃあ、書き換えるか」
重さの行には指が届かない。触れるのは価値の数字だけだ。
[崩れた岩の塊]
価値 銅貨0枚
↓
価値 銅貨9000枚
銅貨100枚で銀貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 銀貨90枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[綿毛の岩]
価値 銀貨90枚
重さ 握り拳ほど
見た目はそのまま
「軽くなった。助かったよ」
岩が、見た目そのままに、ふわりと軽くなった。
持ち上げると、まるで綿菓子のようだった。
「軽い……」
隊員たちが、次々と瓦礫を運び出していく。
あっという間に、下敷きだった作業員全員が助け出された。
§ § §
救助が終わる頃には、夕方になっていた。
隊長らしい男が、ルミナの前で深々と頭を下げた。
「あなたのおかげです。詠唱なしで、これだけの人数を」
「そんな、わたしは、ただ」
ルミナが、また謝りかけて、途中で止まった。
「……いえ。ありがとうございます、で、いいんですよね」
「はい」
俺がそう言うと、ルミナは初めて、はにかむように笑った。まばたきが、少しだけ減っている。淡い緑の目が、夕日で金色に見えた。
§ § §
帰り道、コハクがルミナの手をぎゅっと握った。
「ルミナさん、すごかったです!」
「コハクさんの方が、瓦礫運ぶの早かったです」
「わふっ、褒められました!」
握った手ごと、尻尾が振れている。
ルミナが、杖を胸に抱えた。
「暁の剣にいた頃は、遅いって、いつも」
「ここでは誰も、そんなこと言わない」
「はい」
小さく、けれどはっきりと頷いた。
隊長が、遠くから駆けてきて、もう一度頭を下げた。
「後日、ギルドを通じて正式にお礼を。本当に、助かりました」
「お気になさらず。仕事ですので」
「仕事、で済ませられる働きじゃなかったですよ」
ルミナが、照れくさそうに杖を握り直した。
王都の空に、夕焼けが広がっていた。
十数人が生き埋めになって、誰一人欠けずに帰る。悪くないよね。




