第31話 聖女が、暁の剣を抜けてきた
昨日、俺とコハクは迷宮の最下層を突破した。
石ころを終焉の一石に書き換えて、迷宮の核を消し飛ばした。ギルドから「迷宮最強」の称号ももらった。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
ギルドに顔を出すと、受付のリサが書類から目を上げた。栗色の髪をまとめ直しながら、そばかすの浮いた顔を寄せてくる。いつも平坦な声が、このときだけ低くなった。
「レインさん、聞きました? 暁の剣のこと」
「また何かあったんですか」
「祭のあと、依頼がほとんど来なくなって。今はFランク相当の雑用しか受けてないみたいです」
信用って、金貨より減るのが早いんだなぁ。
「残ったメンバーは?」
「めっきり減ったって話です。ルミナさんも、最近は姿を見ないって噂です」
嫌な予感がした。
§ § §
宿に戻ると、コハクが扉の前で誰かと立ち話をしていた。
「ご主人様、お客さんです」
銀の髪を肩で切りそろえた女が、こっちを見て頭を下げた。細い肩が、法衣の下でさらに薄くなっている。
毛先が、動くたびに揃って揺れる。純白の神官服が、余計に体を細く見せていた。
淡い緑の目が一度だけ上がって、すぐ伏せられた。
「ルミナ?」
「突然、ごめんなさい……」
いつもの謝り癖だ。だが、顔色がいつもより悪かった。ゆっくりした喋り方が、今日はもっと遅い。まばたきの合間に、視線が下へ落ちる。
§ § §
部屋に通して、話を聞いた。
コハクが、お茶を淹れて持ってきた。
「ルミナさん、どうぞです」
「ありがとう、ございます」
ルミナが、湯気の立つカップを両手で包んだ。
少しだけ、肩の力が抜けたように見えた。
「パーティ、抜けようと思って」
「暁の剣を?」
「うん」
ルミナが、膝の上で手を握りしめた。指が細くて、握ったところが白くなる。
「祭のあと、ガイが荒れてて。依頼が来ないのも、装備が偽物だったのも、全部人のせいにするようになった」
「人のせいって」
「わたしの回復魔法が遅いから被害が増えたとか、そういうこと。事実じゃないのに」
声が震えていた。
§ § §
「もう、無理だと思った。今日、装備の点検してたら、これ」
ルミナが、鞄から杖を取り出した。
白木の杖、先端の宝珠が割れている。
「わたしの杖。ガイが、稽古の的にした」
「的て」
「苛立ちのはけ口。当たり所が悪くて、割れた」
枠が浮かぶ。
[聖女の杖(宝珠破損)]
価値 銅貨0枚
効果 回復魔法の威力を上げる(現在、機能停止)
「ひどいな、それは」
「もう、直らないと思う」
§ § §
「じゃあ、書き換えるか」
久しぶりに、他人の目の前で言った台詞だった。
触れるのは価値の数字だけだ。名前も効果も、俺には選べない。
[聖女の杖(宝珠破損)]
価値 銅貨0枚
↓
価値 銅貨6000000枚
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 金貨600枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[再生の聖杖]
価値 金貨600枚
効果 回復魔法の威力を十倍にし、詠唱を無詠唱化する
破損しない
「よかった。いいのが出たよ」
杖が、真珠色に輝いた。
割れていた宝珠が、内側から光を宿して塞がる。
ルミナが、杖を両手で抱きしめた。
「こんな、こんなに綺麗に……」
「壊されない杖なら、もう的にされても平気だ」
「もう、その必要もないから……」
淡い緑の目に、涙が滲んだ。瞬きのたびに、それが睫毛で震える。
すれ違ったとき、石鹸とラベンダーの匂いがした。
§ § §
「わたし、あなたのパーティに、入れてもらえますか」
「うちにパーティって呼べるほどの体裁、あるか?」
「コハクさんと、三人で十分です」
コハクの耳が、跳ね上がった。尻尾が椅子の脚を叩いている。
「わふっ! ルミナさん、一緒に来るんですか!」
「よろしくお願いします……」
両手を胸の前で合わせて、頬がほんのり色づいていた。
「歓迎です! あ、でもご主人様の口癖、最初はびっくりするので慣れてください」
「口癖?」
「じゃあ、書き換えるか、です」
ルミナが、杖を見つめて、小さく笑った。
「もう、聞きました。とても、綺麗な言葉だと思います」
コハクが、ルミナの荷物を覗き込んだ。
「ルミナさんの部屋、隣にしましょう! ご主人様、いいですよね」
「俺に聞くことか、それ」
「宿のことなので」
ルミナが、くすりと笑った。
「賑やかな宿は、久しぶりです」
笑いながら、銀の毛先を指で摘まんでいる。
窓の外で、王都の鐘が鳴った。
壊された杖が金貨六百枚になって、ついでに仲間が一人増えた。悪くないよね。
§ § §
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