第28話 八層の謎かけ番人を、鑑定でカンニングした
昨日、俺とコハクは七層の反魔法の霧を突破した。
残り三層。最下層の主を仕留めれば、コハクの全身を蝕む呪いは完全に消滅する。
俺の『鑑定』は、ものの値を書き換えれば現物が変わる。だが書き換えないで、ただ『読む』だけでも十分にチートだ。今日はその鑑定眼が本領を発揮した。
地下八層は、天井の見えない遥かな高みまで無数の本棚が連なる、巨大な地下古代書庫だった。
何万冊もの古い羊皮紙と革表紙が放つ、乾いたインクと黴の独特の匂いが、ひんやりとした静寂の中に満ちている。
中央の開けた円形広場に、巨大な石造りのスフィンクス像がどっしりと鎮座していた。
彫像の口が、ゴゴゴ……と花崗岩を擦り合わせるような重低音を響かせて開く。
「我は知の番人。我が問う謎に答えし者のみ、先への道が開かれん」
コハクが圧倒されるように高い本棚を見上げ、動く左手で喉元をギュッと押さえた。
今朝、黒い呪痕はついに顎の下を越え、唇のすぐ下まで黒い血管のように到達していた。
「問おう。命なきに命あり、水なきに渇きを癒す。我が名は何か」
「答えられなければ、命はない、ということですか」
「如何にも。その無知の首をへし折って喰らうのみ」
コハクの耳が怯えでぺたりと伏せる。
「ご主人様……答え、分かりますか」
「全然分からないな」
「えっ……!?」
琥珀の目がまんまるになって、耳が左右にぱたぱた揺れた。
俺はスフィンクス像の足元へ、ずかずかと無防備に近づいた。
枠が浮かび上がる。
[石のスフィンクス像]
仕込まれた正解 氷
「答えは『氷』だ」
スフィンクス像が、ピキッと固まった。
「な、何故だ……何故一瞬で我が至高の謎を看破した……!?」
「鑑定したら文字で書いてあったから」
「か、カンニングではないか! 卑怯な真似を!」
「ずるじゃないよ。これが俺の固有スキルだ」
§ § §
俺は腕組みをしたまま、石像を見上げた。
「次は、こっちから質問していいか」
「……問いに問いを返す不届き者は初めてだ。言ってみよ」
「この子の腕と首の呪い、どうやったら完全に消せる」
石像の冷たい彫眼が、コハクの首元の黒い呪痕をじっと見つめた。
「その黒き呪痕は、最下層・十層の魔獣の王が放った『招きの種』だ。肉体に深く根を張り、獲物を我が身へと引き寄せる」
「引き寄せる?」
「主の元へ自ら歩かせ、極上の糧として喰らうための呪いよ。呪われし者は、死期が近づくにつれ、自ら迷宮の底へと降りてゆくのだ」
コハクの尻尾が、ピタリと恐怖で凍りついた。
「ご主人様……コハク、呪いに操られて、自分でここに来ちゃったんですか……」
「俺がお前を連れてきたんだよ」
「でも……」
「お前はただ俺の手を握って、俺の後ろを必死についてきただけだ。操られてなんかいない」
俺は迷わず断言してから、スフィンクスに向き直った。
「で、十層の主の心臓を潰せば、その根は完全に枯れて消えるんだな」
「左様。親玉が滅びれば呪詛の根は瞬時に消滅する。だが過去数百年、十層へ生きて辿り着いた者などおらん」
「今日で八層目だ。あと二日で終わらせる」
§ § §
スフィンクスの両目が、血のように紅く発光した。
「小賢しい人間め……! 問いを奪い、奥義を探り、その上で先へ進もうなどと! ならば力づくで喰らい尽くしてくれる!」
石像がバリバリと周囲の本棚をなぎ倒して立ち上がり、巨大な石の剛腕を振り下ろしてきた。
「おいおい、知の番人がクイズに負けて逆ギレかよ」
コハクが咄嗟に俺の前に飛び出し、左腕を広げて庇おうとする。
「ご主人様は、コハクが絶対に守ります!」
「下がってろ! お前は荷物持ちの相棒だ!」
俺は足元に転がっていた、革表紙のボロボロの古書を素早く拾い上げた。
枠が浮かぶ。
[ぼろぼろの古書]
価値 銅貨0枚
「じゃあ、書き換えるか」
[ぼろぼろの古書]
価値 銅貨0枚
↓
価値 銅貨400000枚
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 金貨40枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[封印の書]
価値 金貨40枚
効果 開いたページに映した相手を、そのまま封じ込める
「よし、暴れる知識人は本の中に閉じ込めるのが一番だ」
古書の革表紙に黄金の魔法陣が浮かび上がった。
俺はスフィンクスに向けてページをバッと大きく開いた。
ゴオオオオッ!と強烈な光の渦が発生し、巨大な石像が光の粒子となってページの中へと吸い込まれていく。
パタン!と本が閉じ、書庫に再び静謐な静寂が戻った。
§ § §
九層へ続く階段の前で、俺は短剣で壁に八本目の深い傷を彫り込んだ。八層、突破。
コハクが本棚の美しい挿絵本を、名残惜しそうに指先でそっと撫でていた。
「ご主人様。この本、全部読めたら楽しそうです」
「文字読めるのか」
「……絵のところしか分かりません」
「じゃあ、迷宮を出て腕が治ったら、俺が毎晩全部読んでやるよ」
「本当ですか! 約束です!」
青白い頬に、ぱっと血の気が戻った。尻尾が本棚をぽんと叩く。
コハクが左手の小さな小指をピッと差し出してきた。
俺は自分の小指をそっと絡め合わせた。
コハクの小指は発熱でまだ熱かったが、絡めてくる力はしっかりと強かった。
「残り、二層です!」
「あと二日だ。必ず助けるぞ」
古い本一冊で、番人を封じ、呪いを解く決定打を掴み取った。悪くないよね。




