第20話 俺を追放した男が、王様の前で恥をかいた
さっき、俺はゴミ捨て場で拾った杯を国宝にして、男爵位をもらった。
三年床にいた老臣が、その杯の水で立ち上がって歩いている。
俺のスキル『鑑定』は、鑑定結果の価値の数字を書き換えられる。ただし、書き換えないで読むだけでもいい。
拍手が続く広間の、その後ろのほうで、声が上がった。
「インチキだ!」
§ § §
百人を超す貴族の人垣が、左右に割れた。
赤い鎧の男が、警備の列から大股に前に出てくる。
ガイだった。
顔が赤い。昨夜の酒が残っているのか、それとも今の酒か。左頬の傷まで、赤黒く浮いていた。
「陛下! その男の力はインチキでございます! 物の値をいじって、皆を騙しているのです!」
誰も相槌を打たなかった。
高い吹き抜けの天井に、ガイの怒声だけが反響して虚しく響いている。
「その杯とて、どうせ元は安物でしょう! 俺は知っております、そいつは四年、俺の下で荷物を運んでいただけの男だ!」
昨夜、その杯を叩き割ったのはあんただ。
それを言えば一発で終わる。
だがガイは、自分から言わない。言えば、割ったのが自分だと認めることになるからだ。
だから俺も言わないでおいた。
まあ、言わないほうが長く恥をかくだろうしな。性格が悪いのは自覚してる。
玉座の国王が、指先で肘掛けを二度叩いた。
「そなた、名は」
「暁の剣が長、ガイ・オルドと申します! Sランクにございます!」
「Sランクか」
「はっ」
「では鑑定卿。その者の剣を、見てやれ」
広間が、しんとした。
§ § §
俺はガイの前まで、ゆっくり歩いた。
近くで見ると、剣の柄には赤い石が三つはまっていて、鞘には金の蔦が彫ってある。
四年間、毎晩こいつが自慢げに磨いていた剣だ。
「抜いてもらえますか」
「な、なぜ貴様に」
「陛下のご命令ですけど」
ガイの喉仏が、ごくりと動いた。
抜かないわけにはいかない。じゃきりと、重い金属音を立てて剣が鞘から引き抜かれる。
俺は書き換えなかった。
指も動かさなかった。
ただ、見えたものをそのまま読み上げる。
[鋼の長剣『竜牙』]
攻撃力 62
柄の赤石=染めた硝子
鞘の金=金箔を貼った真鍮
刀身に横ひび一本(深さ三分・次の一撃で折れる)
銘『竜牙』=あとから彫られたもの
製造 六年前・王都の量産工房
現在の売値 金貨4枚
「攻撃力、六十二」
声が広間の隅々まで届くように、ゆっくり読んだ。
「柄の赤い石は、染めたガラスです」
ガイの手が止まった。
「鞘の金は、真鍮に金箔です」
「や、やめろ」
「刀身の真ん中、横にひびが入ってます。深さ三分。次に思いきり振ったら、折れます」
「黙れ!」
「銘の『竜牙』は、あとから彫ったものですね。作られたのは六年前で、王都の量産工房です」
俺は顔を上げた。
「あんた、これをいくらで買いました」
「……金貨、二百」
「今の売値、四枚です」
§ § §
どこかで、誰かが吹き出した。
その一つが十になって、十が百になる。
大広間じゅうが笑っていた。
貴族が扇の陰で肩を揺らし、白髪の侍従が壁を向いて肩を震わせ、兜をかぶった警備の騎士まで俯いて噴き出している。
ガイは抜いた剣を持ったまま、赤い絨毯の真ん中に立ち尽くしていた。
顔から赤みが引いて、青白くなって、耳だけが赤くなった。
「違う、これは、店の者が本物だと」
「それ、丸眼鏡の痩せた男から買いませんでしたか」
「――」
ガイの手から力が抜け、剣が落ちた。
石畳に当たった瞬間、刃の真ん中から、ぱきん、と乾いた音を立てて真っ二つに折れる。
笑い声が、さらに大きくなった。
騎士団長のラウルが進み出た。四角い顎を引いたまま、ガイの肩を掴む。
「祭の警備は解く。Sランクの再審査もギルドに申し送る。連れていけ」
ガイが引きずられながら、俺を睨んだ。
四年間、毎日聞いた台詞が飛んできた。
「鑑定なんぞ何の役に立つ!」
俺は折れた刃を拾って、鞘に戻してやった。
それから、ガイの胸にそれを押しつけた。
「鑑定は、役に立つよ」
§ § §
重い扉が閉まったあと、広間はまだ愉快そうにざわついていた。
コハクが俺の腰にしがみついている。白銀の鎧ががしゃりと鳴った。
「ご主人様。書き換えなかったんですね」
「書き換える必要がなかった」
「どうしてですか」
「あいつの剣は、最初から本当のことを言ってた。俺はそれを読んだだけだ」
コハクが耳を左右に振ってから、うなずいた。先だけ白い耳が、ぴょこんと持ち上がる。
「ご主人様、すごいです! なにもしないでも勝てました」
琥珀色の目が、まんまるに光っていた。
セシリアが扇を鳴らして横に来た。金の縦ロールが一房、動いた拍子に頬へ落ちる。
「あなた、あの男に一言も嫌味を言わなかったわね」
「言うほど余裕がなさそうだったので」
「……いい趣味とは言えないわ。効きすぎるもの」
そう言いながら、扇の先で胸元をトントンと叩いている。青い目は、俺のほうを見ていなかった。
そのとき、段の下からボルグ卿が歩いてきた。
俺の袖を引いて、自分の杖を差し出す。もう要らない、という顔をしている。
握りの折れた、古い樫の木の杖だった。
[折れた樫の杖]
価値 銅貨2枚
握り部分が破断
「じゃあ、書き換えるか」
なぞるのは価値の数字だけだ。名前は、いつも向こうが勝手に決める。
[折れた樫の杖]
価値 銅貨2枚
↓
価値 銅貨3000000枚
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 金貨300枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[曙の杖]
価値 金貨300枚
持つ者の疲れを取る・折れない
「疲れが取れるのか。ちょうどいいのが出たな」
継ぎ目がすっとふさがって、木肌に朝焼けみたいな赤が差した。
俺はそれをボルグ卿に返した。
「歩くんでしょう。三年ぶんの庭を」
「男爵殿。これは、あなたが自分でお使いになるべきものだ」
「俺、まだ疲れてないんで。持っててくださいよ」
§ § §
宿に戻って、荷を下ろしたところだった。
木製の扉が、乱暴に開いた。
受付のリサが半泣きでコハクを抱えて駆け込んでくる。いつもきっちりまとめている栗色の髪が、ほどけて肩に散らばっていた。
コハクの右腕に、禍々しい黒い痣が蛇のように這っている。
「ご主人様……!」
鑑定してみる。
枠が浮かぶ。
[コハクの右腕・呪詛]
効果 迷宮由来の呪い、日ごとに広がる
解呪条件 術者(迷宮最下層の主)の撃破
「どこで」
「街の外れで、迷宮から這い出した魔物に嚙まれて……」
リサが、書きかけの羊皮紙を握りしめたまま言った。声から、いつもの平坦さが完全に抜けている。
「すぐ神殿に運びました。でも、聖水も薬も効かなくて。迷宮の深層から呪力が流れてるみたいで……」
俺はコハクの痣に触れた。熱を持った皮膚が、びりびりと震えている。
痛みを移せるものなら移してやりたかった。だけど、これは書き換えられない類のものだ。
俺の鑑定は、物の値なら好きにいじれる。生き物には、指一本届かない。
「じゃあ、潰しに行くしかないな」
コハクが、痛みを堪えて健気に笑った。垂れ耳がへたって、琥珀の目が潤んでいる。
「わふ……ご主人様と一緒なら、平気です」
「平気なやつは、そんな声出さないんだよ」
§ § §
ドン、と低い地響きとともに、宿の窓の外で建国祭の花火が上がった。
赤や金の大輪の光が、薄暗い部屋の中をぱっと鮮やかに染め抜いていく。
コハクが窓に額をくっつけて、尻尾を小さく振っていた。痛む右腕だけは、下げたままだ。
花火の赤い光が、茶色のくせ毛と白い耳の先を照らしている。
「ご主人様、見てください! 空が光ってます!」
「見てるよ」
金貨四枚の剣が折れる音は、もう思い出さなくていいや。
それより、この痣だ。
明日から迷宮に潜る。広がりきる前に、いちばん下まで行って、元を叩く。
やることが決まってる日は、悪くない。




