第19話 ゴミから作った国宝を、王様に献上した
昨夜、俺の献上品はガイに叩き割られた。
そして俺は破片を書き換えて、割れる前よりすごい杯にした。名前は星霜の杯。注いだ水が万病を癒し、水は決して尽きない。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。壊れていようが関係ない。
建国祭の献上式は、王城の大広間で行われた。
赤い絨毯の左右に、貴族が並んでいる。奥の段の上に、玉座がある。
白い髭を胸まで垂らした男が、そこに座っていた。リーゼル王国の国王だ。目だけが、若い者のようによく動く。
コハクは俺の後ろで、聖騎士の鎧のまま直立していた。
兜の穴から出た耳が、さっきから左右に忙しく動いている。
「ご主人様。足がふるえます」
「鎧が重いだけだ」
「そうかもしれません」
§ § §
献上は、家格の順に進んだ。
金の彫像。宝石をはめ込んだ盾。竜の鱗で編んだ外套。
どれも立派で、どれも国王は「うむ」としか言わなかった。
俺の前が、ヴェスト男爵だった。
男爵は真珠の箱を抱えて出てきて、段の下でしばらく黙っている。
箱を開けない。
「男爵。献上の品を」
侍従に促されて、男爵がやっと蓋を開けた。
中身は、糸に結んだ白いガラス玉が三十粒。
広間がざわついた。
男爵は箱を持ったまま、ひたいの汗を拭いている。撫でつけた髪が、汗で額に貼りついていた。
俺は前に出て、その箱を横から覗き込んだ。
「陛下。この方の品、俺が見てもいいですか」
「よい」
枠が浮かぶ。
[硝子玉の首飾り]
価値 銅貨30枚
真珠を模した安物
「じゃあ、書き換えるか」
なぞるのは価値の数字だけだ。名前は向こうが決める。
[硝子玉の首飾り]
価値 銅貨30枚
↓
価値 銅貨8000000枚
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 金貨800枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[海淵の真珠 三十粒]
価値 金貨800枚
海の底でしか採れない・身につけた者は溺れない
「おっ、真珠が出た。都合がいいな」
白が濁りを抜けて、内側から光が回った。
男爵が箱を落としかけて、慌てて抱え直した。
「な、なぜ、私に」
「あんた、俺を笑ったでしょう」
「……笑いました」
「船を二隻沈めたって話は、本当ですか」
「本当です。沈めて、掴まされて、丸損しました」
「じゃあ、その分です」
男爵が箱を掲げたまま、段の下で頭を下げた。
顔を上げたあとは、もう何も言わなかった。
§ § §
俺の番が来た。
布を開いて、杯を段の上に差し出す。
金の継ぎ目が八本走った、白い杯。
国王が身を乗り出した。
「これは、なんだ」
「ゴミ捨て場で拾った杯です」
広間がどよめいた。
「昨夜、人に叩き割られました。そのあと、こうなりました」
「割られて、そうなったのか」
「はい」
俺は侍従に水差しを頼んで、杯に水を満たした。
縁のところで水が止まって、それ以上は増えない。傾けても減らない。
国王が階段を降りてきた。
王が玉座を離れると、広間がいっせいに膝をつく。
「ボルグを連れてまいれ」
§ § §
運ばれてきたのは、椅子に乗せられた老人だった。
痩せて、白い髭だけが長い。肩まで毛布をかけている。その下で、手がずっと震えていた。
国王が、その肩に手を置く。
「余の傅役だ。三年、床にいる。医者はもう匙を投げた」
「飲ませていいですか」
「頼む」
コハクが杯を両手で支えて、老人の口元に運んだ。
老人が一口だけ含む。
喉が動いた。
毛布の下の手から、震えが消えた。
二口目で、老人が自分の手で杯を持つ。
三口目で、椅子から立ち上がった。
どこかで、小さい悲鳴。
ボルグ卿はまっすぐに立って、自分の膝を二度叩いた。
「陛下。足が、ございます」
「ボルグ」
「三年ぶりに、床を踏んでおります。……鑑定卿と申されましたか。この老いぼれに、返せるものが何もない」
「立ってるところを見せてもらったよ。それで十分だ」
国王が杯を両手で受け取って、高く掲げた。
「本日をもってこの杯を国宝と定める。名を、星霜の杯」
広間が割れるような音になった。
§ § §
拍手が収まってから、国王が俺のほうを向いた。
「レインよ。そなたに男爵位を与える。加えて、王国鑑定卿の位を正式なものとする」
「爵位、いりますか」
「要る。位のない者の言葉は、この国では届かぬ」
それは、なるほどと思った。
俺は膝をついて、受けた。
立ち上がると、後ろでセシリアが扇を口元に当てている。
「よかったわね。これでわたくしと同じ広間に立てるわ」
「今も立ってますけど」
「そういう意味じゃないの」
セシリアがこほんと咳をした。
「べ、別にあなたと並びたかったわけじゃないわ。国の格式の問題よ」
「はい」
「なんで笑うの」
扇の先が、胸元をとんとん叩いている。
コハクが俺の袖を引いて、鎧を鳴らした。
「ご主人様、すごいです! ゴミが国宝になりました!」
「ゴミも国宝も、書き換えれば同じだ」
ボルグ卿が、自分の足で広間を一周して回っている。
行く先々で、貴族が立ち上がって道を空けていた。
その老人が俺の前まで来て、手を握った。骨ばった手に、力があった。
「男爵殿。祭が終わったら、庭を歩きませんか。三年ぶんの庭が、ございます」
「歩きましょう」
窓の外で、建国祭の鐘が鳴り始めた。
拾ってきた銅貨一枚が、国宝になって、老人を歩かせている。
悪くない一日だった。




