第18話 献上品を壊された俺、破片をもっとすごい国宝に書き換えた
昨日、俺は大通りで元パーティのガイと再会した。向こうが吠えて、周りが白けて、それで終わった。
俺の献上品は、ゴミ捨て場で拾った欠けた杯だ。まだ書き換えていない。銅貨一枚のまま、宿の卓に置いてある。
俺のスキル『鑑定』は、鑑定結果の価値の数字を書き換えられる。ただし一度書き換えた物は、二度と書き換えられない。
だから当日まで取っておく。それだけの話だった。
§ § §
審査の前夜、俺は王都の宿の一階で飯を食っていた。
皿を三つまとめて運んできたのは、グレタだった。三日月亭の女将が、建国祭を見にわざわざ街から出てきている。人手が足りないと聞いて、この宿の厨房まで手伝い始めてしまった。
「明日だろ、お城の。緊張しないのかい」
「しないですね」
「あんたのそういうとこ、あたしゃ好きだよ」
コハクが杯を布で磨いていた。もう半刻もそうしている。
「ご主人様。この欠けたところ、磨いたら丸くなりました」
「明日、どうせ形が変わるぞ」
「それでも磨きます」
扉が開いたのは、そのときだった。
冷たい風と一緒に、酒の匂いが入ってきた。
赤い鎧の男が、剣を吊ったまま立っている。戸口の梁に、頭が触れそうだった。
ガイだった。目のふちが赤い。撫でつけた髪が、片側だけ崩れている。
「探したぞ、レイン」
§ § §
グレタが前掛けで手を拭いて、間に入ろうとした。
俺は座ったまま、首を振ってそれを止めた。
「なんの用ですか」
「明日の献上式でな、貴様が出るというではないか」
「出ますよ」
「貴様のごとき鑑定持ちが、王家に何を献じる」
ガイが卓に手をついた。皿が跳ねる。
その目が、コハクの手元で止まった。
「なんだ、それは」
コハクが杯を胸に抱えた。耳が寝ている。
「ご主人様の、献上品です」
ガイが杯を覗き込んで、笑い出した。
腹を抱えて、卓を叩いて笑った。
「欠けている! しかもひびまで! 貴様、王を愚弄する気か!」
「祭の当日には、まともになりますよ」
「まともになるものか」
「なりますよ」
「ならんと言っている! 貴様の力はただ物を見るだけだ。俺は四年、貴様を隣で見てきた。四年だぞ」
ガイの声が、途中でまた裏返った。
周りの客が、飯を食う手を止めている。
誰かが席を立って、壁際まで下がった。
「四年、隣で見てて、何も見えてなかったんだな。あんた」
「なんだと」
「座って飲むなら奢りますよ。壊すつもりなら帰ってください」
ガイの手が伸びた。
コハクの腕から杯をもぎ取って、床に叩きつけた。
乾いた音。
白い破片が、床の上で三つ、四つと跳ねて散らばった。
店の中が静まる。
コハクが床に膝をついた。
破片をかき集めようとして、指を切って、それでも集めていた。
「ご主人様の……ご主人様の、献上品……」
琥珀色の目から、ぼたぼた落ちている。耳の白い先端まで、べたりと寝ていた。
俺はガイを見上げた。
「壊しましたね」
「割れる物を持ってくるほうが悪い」
「言質、取りましたよ」
ガイが鼻で笑って、扉から出ていった。
§ § §
俺はコハクの隣にしゃがんだ。
指を布で押さえてやってから、破片を一つ、拾い上げる。
「泣くな」
「でも」
「コハク。いいか、これはまだ一度も書き換えてない」
コハクが顔を上げた。鼻が真っ赤になっている。
「まだ、書き換えてない」
「そうだ。壊れたって、書き換えられる回数は減らない」
枠が浮かんだ。
[欠けた陶の杯の破片]
価値 銅貨0枚
修復不可能・八片に砕けている
「じゃあ、書き換えるか」
なぞるのは価値の数字だけだ。名前がどう出るかは、俺にも分からない。
破片の一つ一つが、床の上で淡く光り出した。
[欠けた陶の杯の破片]
価値 銅貨0枚
↓
価値 銅貨99999999999枚
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。単位が勝手に駆け上がっていく。
価値 金貨9999999枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[星霜の杯]
価値 金貨9999999枚
注いだ水が万病を癒す・水は決して尽きない・二度と割れない
「――コハク、見てみろ。とんでもないのが出たぞ」
光が集まって、床の上で形になっていく。
破片が寄って、継ぎ目が金の線になった。八本の金が走る杯が、そこに立っていた。
欠けていた縁は、三日月の飾りとして残っている。
コハクが両手で口を押さえた。
「ご主人様、すごいです! 割れたのに、前より」
涙で濡れたままの目が、金の継ぎ目を映して丸くなった。
「割れたから、こうなった」
俺は杯を持ち上げて、グレタに差し出した。
「水、入れてもらえますか」
グレタが震える手で水差しを傾ける。
注いだそばから、杯の縁まで水が上がって、そこで止まった。
傾けても、こぼした分だけすぐ戻る。
「なんだいこれ、底が抜けてるのかい」
「尽きないだけです。飲んでみてください」
グレタが一口飲んで、腰に手をやった。
それから、二度三度と屈伸をした。
「あんた……あたし、十五年ぶりに腰が痛くないよ」
店じゅうの客が、卓を回って集まってきた。
杖を突いた常連の年寄りが一口飲んで、目の白いところの濁りが引いた。厨房の下働きの娘が飲んで、腕の火傷の痕が薄くなる。娘はそばかすの浮いた顔を、真っ赤にして笑った。
水はいくら注いでも減らない。グレタが水差しを置いて、腰に手を当てたまま俺を睨んだ。
「あんた、これを王様にやっちまうのかい」
「約束ですから」
「うちの井戸に沈めときゃ、三日月亭は一生安泰なんだけどねえ」
「下町にはもう泉があるでしょう」
§ § §
コハクが金の継ぎ目を指でなぞっている。
「ご主人様。あの人にお礼を言うんですか」
「言わない」
「じゃあ、なんて言うんですか」
「明日、王様の前で言うよ」
俺は杯を布に包んで、卓の真ん中に置いた。
二度と割れないらしい。今度は誰が叩きつけても同じだろ、これ。
コハクが杯の横に頭を乗せて、そのまま寝てしまった。
耳が、ぴくぴく動いている。
いい夢を見ているらしい。




