第17話 王都に来た元パーティが、俺を見て顔色を変えた
昨日、俺はゴミ捨て場で欠けた杯を拾い、ついでに割れた鏡を千枚の宝に書き換えた。
杯のほうは、まだ拾ったときのままだ。祭の当日まで、銅貨一枚で寝かせておく。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
建国祭が近い。王都の大通りには旗が張られ、露店が並び始めていた。
セシリアが馬車を降りて、俺の半歩前を歩いている。コハクはその反対側で串焼きを食べていた。
「レイン。祭の警備に、外から冒険者を入れたわ」
「ギルドの依頼ですか」
「Sランクの一組を、王家が指名したの。名前は――」
§ § §
名前を聞く前に、大通りの先で怒鳴り声が上がった。
人垣ができている。
その中心に、赤い鎧の男が立っていた。
肩幅が広くて、赤茶の髪を後ろに撫でつけている。出した額の下、左頬の切り傷まで丸見えだ。腰に大ぶりの剣を吊っていた。
見間違えるはずがない。
え、ガイじゃないか。
俺を追い出した、暁の剣のリーダー。
その足元で、露店がひっくり返っていた。木の台が割れて、玩具が地面に散らばっている。
「邪魔だと言っている。ここは我らが通る道だ」
「旦那、店を出す許しは役所から」
「Sランクの前に役所の紙がなんの役に立つ!」
痩せた店主が、腰を折って転がった玩具をかき集めている。
その横で、小さい子どもが泣いていた。手に、真っ二つに折れた木の剣を握っている。
俺は人垣を分けて入った。
ガイが振り返る。
目が合った。
§ § §
ガイの口が動いて、止まった。
俺の外套は、王家からもらった濃紺のやつだ。襟に王国鑑定卿の徽章がついている。
その隣に、第三王女が立っている。
ガイの視線が、俺の襟と、セシリアの顔を、二往復した。
「……レイン、か」
「久しぶり」
「なぜ、貴様がそんな格好で。しかも、姫殿下の」
ガイの声が、途中で裏返った。
立て直すように、胸を張る。
「ふん。どうせ物乞いか何かで拾われたのだろう。言っておくがな、鑑定なんぞ何の役に立つ!」
人垣が、静かになった。
誰も笑わなかった。
王都の人間は、下町の泉の話も、贋作商人の話も知っている。
沈黙が長くなるほど、ガイの顔が赤くなっていった。
人垣の中から、声が飛んだ。
「おい、鑑定卿に何を言った」
「下町の井戸を直した人だぞ」
「Sランクってのは、目まで悪くなるのか」
ガイの後ろに立っていた仲間が、そっと一歩下がった。
「ガイ。人が多い。ここは」
「黙れ!」
俺は言い返さなかった。
代わりに、しゃがんで、泣いている子どもの前に手を出した。
「それ、貸してくれるか」
子どもが折れた木剣を差し出す。
枠が浮かぶ。
[折れた木の玩具剣]
価値 銅貨0枚
二つに折れている
「じゃあ、書き換えるか」
なぞるのは価値の数字だけだ。名前も攻撃力も、俺には選べない。
[折れた木の玩具剣]
価値 銅貨0枚
↓
価値 銅貨5000枚
銅貨100枚で銀貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 銀貨50枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[守り木剣ルーグ]
価値 銀貨50枚
攻撃力 1
持ち主に牙を向ける獣と魔物が、近寄れなくなる
「お、いいのが出た」
折れ目がつながって、木目が飴色に締まった。柄に細い蔦の彫りが浮き上がる。
子どもが両手で握って、振り回した。
「おじさん、光ってる!」
「魔物が寄ってこなくなる。夜道でも平気だ」
「攻撃力は?」
「一だ」
「一?」
「一で足りるだろ? 魔物が来ないんだから」
周りから、笑い声と拍手が起きた。
露店の店主が地面に手をついて、何度も頭を下げている。
俺は倒れた木の台も起こして、割れた脚に手を触れた。今日はもう一本ぶん、書き換えるつもりだった。
だが台の脚は、店主が縄で縛って直してしまった。
「旦那、これは自分で直します。玩具のほうを、ありがとうございました」
「そっちのほうが偉いですよ」
§ § §
立ち上がったとき、ガイはまだ同じ場所にいた。
剣の柄を握ったり離したりしている。
その後ろから、白い法衣の女が出てきた。
銀の髪を肩で切りそろえて、俺と目が合うと、細い両手を胸の前で握った。肩の線が、法衣の下で頼りない。
髪は純銀といっていい色で、毛先だけが揃って光っている。
淡い緑の目は伏せられていて、瞬きばかりしていた。
ルミナだ。暁の剣の聖女で、あのとき一人だけ首を横に振った人。
ルミナが深く頭を下げた。
「あのときは、ごめんなさい……」
「ルミナ! 誰に謝っている!」
ガイが怒鳴る。
ルミナは頭を下げたまま、動かなかった。胸の前で合わせた指先だけが、白くなるほど握られている。
俺はコハクの背を押して、歩き出した。
「行こう」
「ご主人様、あの人たちは」
「祭の警備だってさ」
すれ違いざま、ガイの肩が俺の肩に当たった。
当たった、というより、当てにきた。
俺は足を止めずに通り過ぎる。
セシリアが扇を鳴らして、後ろを一度だけ振り返る。
「あれが、あなたを捨てた人たちなの」
「そうです」
「見る目のない人たちね。金貨千枚を、道端に置いていったのだから」
「べ、別に俺のためじゃないんでしょう」
「言わないで」
扇で口元を隠したが、耳まで赤いのは隠せていない。
コハクが串を咥えたまま、俺の顔を見上げた。
「ご主人様。言い返さなくてよかったんですか」
「祭の当日に言うよ」
「なんて言うんですか」
「まだ決めてない」
通りの向こうで、さっきの子どもが木剣を振り回して走っていた。
犬が一匹、その子を避けて塀の上に逃げていく。
ちゃんと効いているらしい。




