第2話 道端の石を金塊に書き換えて、奴隷の少女を買った
昨日、俺はパーティを追放された。
そして道端で拾った錆びた鉄剣を、伝説の聖剣に書き換えた。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
そういうわけで俺は今、無一文のまま最強の剣だけを担いで、街の門をくぐったところだった。
「宿代、ないな」
ポケットには銅貨が三枚しかない。パン一個で消える額だ。
俺は足元を見た。
石ころが転がっている。どこにでもある、灰色の丸い石だ。
拾い上げると、頭の中に枠が浮かんだ。
[そのへんの石]
価値 銅貨0枚
「ひどい数字だな」
まあ、石だから当然だ。
「じゃあ、書き換えるか」
名前には触れない。触っても光らないのは、昨日の剣でもう知っている。数字だけだ。
価値の「0」に指を這わせる。
選べるのは数字だけだ。単位までは選べない。
「じゃ、適当に増やすか」
[そのへんの石]
価値 銅貨0枚
↓
価値 銅貨500000枚
数字の下で、単位が勝手に切り上がっていく。銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。だから――
価値 金貨50枚
枠が光って、消えた。
手のひらの石が、ずしりと重くなる。
名前の欄に、新しい文字が浮かんだ。
[純金の金塊]
価値 金貨50枚
「おおっ!」
狙ったわけじゃない。数字だけ願ったら、今度も都合のいい名前が降ってきた。
灰色だった表面は、もう黄金色だった。日の光を返して、目が痛いくらいに光っている。
「お、思ったより重いぞ……」
片手では持てなかった。両手で抱え直す。
石ころが、金貨50枚になった。
これは、使える!
§ § §
両替商は俺の顔を三度見た。
「本物ですね。純度も文句なし」
「じゃあ、金貨で」
「はい、金貨50枚。……あの、どこで掘られたので」
「道に落ちてました」
「道に」
両替商は口を半分開けたまま、それ以上何も聞かなかった。
金貨50枚。庶民の生活費でいえば、四年分を超える。
宿はどこでも取れる。飯も食える。
俺は袋を担いで通りに出た。
そこで、人だかりを見た。
§ § §
広場に木の台が組んであった。奴隷市だ。
台の上に、小さな影が立っている。
犬の耳が生えた少女だった。年は十五くらい。明るい茶のくせ毛が肩で乱れている。着ている服はぼろぼろで、首には黒い鉄の輪がはめられていた。
耳は大きな垂れ耳で、先端だけが白い。背は俺の肩より頭ひとつ低くて、腕も脚も細かった。
同じ色の尻尾が、脚の後ろに力なく垂れている。
「さあ、この獣人の娘、銀貨三枚から!」
商人が声を張り上げる。
「痩せてるが、まだ使えるぞ! 誰か銀貨三枚!」
誰も手を挙げなかった。
「なんだ、二枚でもいいぞ! 一枚!」
値がどんどん下がっていく。
少女は下を向いていた。耳が、ぺたんと寝ている。
俺は前に出た。
「金貨50枚」
広場が静かになった。
「……は?」
商人が台の上で固まった。
「聞こえませんでしたか。金貨50枚で買います」
「い、いや、あの、この娘は銀貨一枚でも売れ残る品でしてね」
「品じゃない。人でしょう?」
袋を台の上に置いた。金貨が鳴った。
「足りますか」
「足ります、足りますとも!」
商人は袋を抱えて震えていた。
少女が顔を上げた。琥珀色の丸い目が、まっすぐ俺を見ている。大きくて、瞬きをしない。
「あの……コハクを、買ったんですか?」
「コハクっていうのか。いい名前だ」
少女の耳が、ぴくりと動いた。
§ § §
鍵は商人が持っていなかった。首輪の鍵は前の持ち主が持ったまま行方知れずだという。
「無理やり外すと首が切れちまうんで」
「そうですか」
俺は少女の前にしゃがんだ。首の黒い輪に目をやる。
枠が浮かんだ。
[隷属の首輪]
価値 金貨100枚
外れない
「じゃあ、書き換えるか」
価値の数字に指を伸ばす。
「ゼロだ」
[隷属の首輪]
価値 金貨100枚
↓
価値 銅貨0枚
枠が光る。名前の欄が、勝手に書き換わった。
[革の首飾り]
価値 銅貨0枚
いつでも外せる
「今日は運がいいな」
価値をゼロにしたら、呪いの効果ごと消えたらしい。壊れたわけじゃない、ただの安物になっただけだ。
黒い鉄が、古びた革の首輪に変わった。
ふわりとそれは首から落ちる。
俺はそれを拾って、少女の手にのせた。
「これでもう自由だな」
少女は自分の首に手をやった。何度も、何度も触った。
「……ない」
「うん、ない」
「取れて、ます」
「取れてる」
琥珀色の目が、みるみるうちに水でいっぱいになった。
そこから、ぼろぼろと涙がこぼれた。
「わふっ、ふぁ、あ、うええええ」
声が言葉になっていなかった。
俺はしゃがんだまま待った。
しばらくして、コハクが袖でごしごしと顔をこすった。
「あの、ご主人様」
「主人じゃない。もう首輪はないんだから、好きにしていい」
「コハク、ご主人様がいいです」
白い先端まで、耳がぴんと立っていた。頬が少し赤い。
「行くところ、ないんで。ご主人様のところがいいです」
「そうか。じゃあ、飯にするか」
「わふっ!」
§ § §
適当に飛び込んだ宿は「三日月亭」といった。女将のグレタは、追放者だの奴隷市出身だのという事情を、何も聞かずに部屋を貸してくれた。
その一階で、コハクはパンを両手で持って食べていた。三個目だ。
「ご主人様は、すごい人ですか?」
「どうなんだろ? 凄いのは俺じゃなくてスキルなのかもね」
「でも、石が金になりました。コハク、見てました」
「ああ、見られてたか」
「あれは、すごいですか?」
俺は少し考えた。
「すごいと思う」
「ご主人様、すごいです!」
コハクが立ち上がって言った。パンの粉が飛んだ。
宿の女将が何事かとこちらを見て、布で巻いた頭をひと振りして鍋に戻っていく。
コハクが、パンを見つめて手を止めた。
「コハク、前は村にいました。冒険者に襲われて、それで」
「それで、ここに」
「はい。家族は、もういません」
耳が、少しだけ垂れた。
「だから、慣れてます。平気です」
「慣れなくていいよ」
俺はそれだけ言った。
「わふ」
コハクがまたパンにかじりついた。三個目は、あっという間になくなった。
石ころが金貨50枚になって、その金で仲間が一人増えた。
悪くない一日だ。
「明日はもっと稼ぐぞ」
「わふっ」
コハクの尻尾が、ぱたぱたと椅子を叩いていた。




