第15話 贋作を掴まされた貴族の前で、贋作を全部本物に書き換えた
昨日、俺は下町の新しい水脈を鑑定で見つけて、みんなで穴を掘って水を出した。
書き換えは使っていない。それでも、下町にはもう水が足りている。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
昼過ぎ、城の廊下を歩いていたら、正面から怒鳴り声が飛んできた。
白髪の、丸々と太った初老の男が床に膝をついている。垂れた目尻に、深い皺が寄っていた。
その前に、丸眼鏡をかけた痩せた男が立っていた。頬がこけて、指がやたらと長い。
「モーガン伯。契約書に署名がございます」
「貴様、バルサ! 偽物を売りつけておいて、契約だと!」
「わたくしは本物として仕入れました。偽物だったのなら、わたくしも被害者でございます」
バルサという男が、両手を広げて笑った。
感じの悪い笑い方だった。
セシリアが俺の隣で扇を鳴らした。
「王都の美術商よ。三月前から、贋作の噂が絶えないの」
「捕まらないんですか」
「証拠が出ないのよ。買った側は恥をかきたくないから訴えないし、鑑定官の腕では判別できないの」
§ § §
モーガン伯の屋敷に、俺たちは呼ばれた。
広間の壁に、絵が三枚立てかけてある。床には剣が一振り、卓上に壺がひとつ。
伯爵は椅子に沈み込んで、額を押さえていた。
「五点で、金貨六百枚です」
「六百」
「全財産ではありませんが、娘の嫁入りに用意していた金でしてな」
伯爵の手が震えていた。
「これを飾って、祭で客に見せるはずだった。今はもう、笑い者になるのを待つばかりだ」
コハクが伯爵の前にしゃがみ込んだ。
「おじさん。ご主人様がいるので、だいじょうぶです」
「お嬢さん、鑑定士に何ができる。偽物は偽物だ」
「見ててください」
俺は壁の絵の前に立った。
枠が浮かぶ。
[名画『黎明』の模写]
価値 金貨2枚
贋作・三年前に描かれた
「じゃあ、書き換えるか」
名前には触れない。数字だけをなぞる。
[名画『黎明』の模写]
価値 金貨2枚
↓
価値 金貨500枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[真作『黎明』]
価値 金貨500枚
巨匠の真筆・二百年前の作
「よし、真作が出た」
絵の具の表面に、細かいひびが走った。
色が沈んで、二百年ぶんの艶が乗る。額の金がくすんで重くなった。
伯爵が立ち上がって、絵に鼻がつくほど近づいた。
「ひび……古色が出ている……ばかな、たった今、目の前で」
「あと四つですね」
§ § §
残りも同じだった。価値の数字を盛るだけ。あとの名前は、向こうが勝手に決めてくれる。
二枚の絵は真作になった。剣は柄の飾りが金に変わって、刃に古い銘が浮いた。壺は釉薬の色が深くなり、底に窯の印が焼きついた。
俺が手を離すたびに、伯爵が悲鳴に近い声を上げた。
最後の壺を撫でて、伯爵はへたり込んだ。
「六百枚のはずが……この五点、いま売れば二千枚は下らん」
「損はしてませんね」
「損どころではない!」
セシリアが扇の陰で肩を震わせていた。笑いを堪えているせいで、青い目が細くなっている。
「モーガン伯。あなた、三日前まで死にそうな顔をしていたのに」
「姫様、私は生き返りましてございます」
コハクが誇らしげに胸を張った。鎧が鳴る。
「ご主人様、すごいです! 偽物が本物になりました!」
「値札を書き直しただけだよ。本物にしたのはスキルのほうだ」
「それがすごいです」
§ § §
とはいえ、問題は残っている。
バルサはまだ捕まっていないんだよなぁ。
夕方、その男の店に、俺たちは足を運んだ。
棚に絵が並び、硝子箱に宝剣が寝ている。
バルサは丸眼鏡を押し上げて、俺を見た。
「話は聞きましたよ。モーガン伯の品が本物になったとか。結構なことです。ならば、私は誰も騙していない」
「そうですね。伯爵の品は本物です」
「では、お引き取りを」
「ここにある物の話は、まだしてません」
俺は棚のいちばん手前の絵を見た。
枠が浮かぶ。
「『月と塔』。価値、金貨一枚。贋作。一年前に描かれた」
バルサの眉が動いた。
俺は隣に移った。
「宝剣ドラウグ。価値、銀貨五枚。刃は鉄。銘は彫り足したもの」
「やめろ」
「壺。価値、銅貨八枚。三月前に窯から出たばかり」
「やめろと言っている!」
「絵、十一枚。剣、四振り。壺、六つ。この店にあるもの、全部偽物です」
店の中が、静かになった。
入り口に、いつの間にか人が集まっていた。
その先頭で、騎士団長のラウルが腕を組んでいる。
「聞いたぞ、全部な」
「団長、この者の鑑定に証拠能力など」
ラウルが顎をしゃくった。
背後の騎士が、ずた袋を床にぶちまける。
落ちてきたのは、銘を彫るための鏨と、古色をつける薬瓶だった。
「裏の作業場から出た。あとは牢で話せ」
バルサが引きずられていくとき、落ちた丸眼鏡の下から俺を睨んだ。
「鑑定など、ただ見るだけの無能な力だろうが!」
「見るだけで、あんた終わったけどな」
§ § §
その夜、城の広間で、モーガン伯が俺の手を両手で握っていた。
「レイン殿。建国祭の献上品を競う場がございます。国じゅうの貴族が、王家に宝を献じるのです」
「へえ」
「私は今年、辞退するつもりでした。ですが今は、あなたに出てほしい」
セシリアが横から扇を突きつけてきた。
「出場枠なら、わたくしがねじ込むわ。もう手配したもの」
「まだ返事してませんよ」
「返事は聞かなくてもわかるわ」
「出ますよ」
「ほら見なさい」
セシリアが扇を閉じて、勝ち誇った顔をした。それから、こほんと咳をする。
「べ、別にあなたに期待しているわけじゃないわ。国の格式の問題よ」
言い終わる前に、縦ロールが一房ほどけて頬に落ちた。
コハクが俺の袖を引いた。
「ご主人様。献上品って、なにを出すんですか」
「明日、拾いに行く」
「どこにですか」
「ゴミ捨て場」
コハクの耳が、ぴんと立った。
「ご主人様が拾うなら、それは国宝です」




