第14話 街の井戸の書き換えに失敗したけど頑張ってみた
昨日、俺は下町の枯れ井戸を書き換えた。
出てきたのは、見た目だけ立派な、水の出ない井戸だった。
一度触れた物は、もう二度と書き換えられない。それを、その場で初めて知った。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
だが、今回はもう使えない。
「ご主人様」
コハクが俺の裾を引いた。
「もう一回、書き換えないんですか」
「できないんだ。もう」
水売りの男は、まだ樽の横で笑っていた。
セシリアは、何も言わずに井戸の縁を見ていた。
「悪いが、少し時間をくれ」
俺は井戸の縁にしゃがんで、地面に手をついた。
§ § §
枠は、まだ浮かぶ。書き換えられないだけで、見ることはできる。
[下町一帯の地脈]
水量 枯渇
断絶地点 井戸の真下
水売りの男が鼻で笑った。
「今度は土を鑑定か。金にもならんことを」
「金にはなりませんね」
俺は地面に沿って歩いた。
枠を、少しずつ確かめる。三歩進むごとに、数字が変わる。
[地脈・広場東側]
水量 枯渇
[地脈・路地の奥]
水量 枯渇
[地脈・裏の空き地]
水量 わずかに残る
空き地の前で足を止めた。
崩れかけた壁と壁の間、誰も気に留めない場所だ。
「ここだ」
セシリアが追いついてきた。
「本当なの」
「本当かどうかは、掘ってみないと分かりません」
「掘るって、あなたが?」
「俺が、みんなで」
§ § §
スコップは市場で買った。三本しかなかった。
一本を手に取って、枠を見た。
[木製スコップ]
価値 銅貨5枚
少しだけ、頑丈にしてやろうか。そう思って、それからやめた。
値を盛りすぎたら、また外れが来る。今度は美術品みたいなスコップが出て、土に刺さらないかもしれない。
「これくらいで、いいか」
ほんの少しだけ、数字を上げた。刃こぼれしない程度。それだけだ。
[木製スコップ]
価値 銅貨5枚
↓
価値 銅貨80枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[頑丈な鋼のスコップ]
価値 銅貨80枚
刃こぼれしない
「……地味だな」
柄はそのまま、刃先だけが鈍い銀色に変わっていた。見た目はほとんど木製のスコップと変わらない。
だが、これなら途中で壊れることもないだろう。
あとは手だった。
俺とコハクと、水を並んでいた住人たちが、代わる代わる土を掘った。
セシリアも外套の袖をまくって、スコップを握った。白い腕に、土が跳ねている。
「王女様、それ、危ないですよ」
「危なくないわよ! わたくしだって、掘れば掘れるの」
外套から金髪の一房がこぼれて、汗で頬に貼りついていた。
王女のスコップは、三回に一回、空振りしていた。
半日、掘った。
誰も文句を言わなかった。
コハクが泥だらけの手で、額の汗を拭った。汗で貼りついた髪の間から、耳が半分だけ倒れて出ている。
「ご主人様。腕が、痛いです」
「俺もだ」
「でも、楽しいです」
「そうか」
夕方近く、スコップの先が、湿った音を立てた。
§ § §
穴の底が、じわりと黒く滲んだ。
誰かが息を止めた。
水が、下から染み出してくる。
最初は一滴。次は糸のように。
やがて、穴の底に小さな水たまりができた。
「……出た」
水売りの男が、穴を覗き込んで固まっていた。
コハクが両手で水をすくって、口に運んだ。
「わふっ、冷たいです! 出てます!」
泥のついた頬の上で、琥珀色の目が濡れて光っていた。
「無限ってわけじゃない。細い水脈だ。井戸みたいに溢れはしない」
それでも、澄んだ水は止まらずに湧き続けていた。
列に並んでいた老人が、桶を持って走ってきた。手が震えて、桶の縁が水面を叩く。
「三年ぶりだ……三年ぶりに、自分の街の水を飲む」
老人が桶に口をつけて、そのまま黙った。飲んだのか、飲めなかったのか、しばらく分からなかった。
後ろに並んでいた子どもが、母親の袖を引いた。
「かれない井戸って、ほんとにあるの」
「あったみたいね、今日から」
§ § §
夜、空き地に急ごしらえの木枠が組まれた。新しい井戸になる。
セシリアが、泥だらけの手を見つめていた。
「あなた、鑑定は書き換えるだけの力だと思っていたわ」
「俺もそう思ってましたよ、少し前までは」
「今のは、書き換えてないのよね」
「見ただけです。あとは掘っただけで」
セシリアがしゃがんだまま、俺を見上げた。
「スキルがなくても、あなたはこの街を助けられたということ?」
「時間はかかったでしょうけどね」
「……そう」
セシリアが立ち上がって、外套の泥を払った。
「悔しいわ」
「また悔しいんですか」
「今度は、いい意味でよ」
セシリアがそう言って、俺の泥だらけの手を見た。
「べ、別に見直したわけじゃないんだから」
「はい」
「本当よ」
「聞いてます」
コハクが泥だらけのまま、俺とセシリアの間に割り込んできた。
「ご主人様。コハクも、今日は掘りました」
「頑張ったな」
「わふっ!」
水売りの男は、いつの間にか姿を消していた。
樽だけが、広場に置き去りになっていた。
新しい井戸から、細い水の音が、夜通し聞こえていた。
派手な書き換えは使わずに、人の手だけで水を出した。
悪くないよね。




