007:死
翌日の朝を少し過ぎた時間帯にティナは冒険者ギルドで見習い向けの仕事を探した。見習い向けは街なかでの仕事となる。
「なになに。えぇっとぉ。屋根裏と煙突の清掃に公共のトイレ清掃と汲み取り。どっちも汚れるから嫌だなぁ。あっでも代書なんてのもあるんだね」
字が書けて綺麗であることと注意書きがある。ティナはこれらの仕事を見て思った。冒険者に頼む仕事なのかと疑問なものばかりだ。猫の手も借りたい忙しさなのかもしれない。受けてもらえたらラッキーみたいな。
「用心棒の仕事があるね。あっこっちも要面接だ。注意事項に強面で腕が立つことって書いてある。私じゃ駄目だろうなぁ」
実戦が決定的に足りない。いちおう型稽古だけじゃなく騎士相手に模擬戦もしたことはある。最近ではだいぶ勝てるようになってもいた。
それでも見た目は女の子だから舐められちゃうね。
そんな感じで仕事を探していると気になる仕事を見つけた。
「なになに。孫の面倒を見て欲しい? 詳細にも孫と遊んでやって欲しい? 要面接かぁ」
なんだこりゃ。
報酬は大銅貨3枚を下限にして出来高制。孫の笑顔の度合いで報酬額が決まるとある。見習いの仕事の中では良いほうだ。最低でも大銅貨3枚は貰える。
「どうしよっかなぁ」
子供と遊ぶだけの仕事かぁ。
「うん。一人で悩んでいてもしょうがない!」
ここはギルド職員に聞くところだな。
「というわけで、この仕事なんだけどさぁどうなの?」
受付嬢に聞いてみる。すると……。
「あぁ、街の外縁部の小さな森に住む偏屈なエルフのお爺さんと、そのお孫さんの依頼ね」
「偏屈……」
「昔は高名な精霊使いの冒険者だったらしいわよ」
「へぇ。それで、他に情報は?」
「お孫さんの両親はどちらも死亡してるわ」
「おおぅ。マジで? 何故に?」
「どちらも冒険者だったんだけどね、ダンジョンの大海嘯に巻き込まれてね」
「大海嘯っていうと別名モンスターパニックだっけ?」
「そう。ダンジョンからモンスターが溢れ出す現象ね」
「ヘビィだな。可哀想に……それで孫ということはエルフ?」
「えぇ。純粋なエルフの女の子。一度見たけどめちゃくちゃ可愛いかったわよ」
「何歳なの?」
「私が見たときは一年ぐらい前で四歳ぐらいだったから、今は五歳ぐらいかしら」
「あら。可愛い盛り」
うぅん。これはちょっと興味あるかも。受付嬢が言う。
「こっちにある情報は以上よ。別に裏があるような依頼ではないわ。孫に笑顔をということのようよ」
「了~解。偏屈爺さんの面接に合格できるかわかんないけど、行ってみる。ありがと」
「どういたしまして。行ってらっしゃい」
こうしてティナは街の外縁部にある小さな森へと移動する。
空を見上げれば綺麗な青空で本日もとてもいい天気になりそうだ。
「確か森の中央付近に住んでるって話だったけど……何処だろう?」
森は小さく、魔物も居ないそうだ。管理された森なので木陰で日差しが抑えられ、心地のいい風が吹き抜けていく。
「ふぅ。気持ちいい!」
日本みたいにジメジメした暑さではないので、木陰は本当に涼しい。気持ちの良い森を散策気分で歩いていると、大きな樹の下に金の髪をした幼女が地面に枝を使ってぐりぐりしている。幼女の肩には真っ黒な成猫が乗っている。
「こんにちは」
ティナが話しかけると幼女が顔を上げた。翡翠色の綺麗なくりくりした瞳だ。かわいー!
耳は当然、エルフなので房状。ピンク色の唇もぷっくりとしていて非常に愛らしい。彼女の視点に合わせて屈む。ティナはもう一度、彼女に挨拶をした。
「こんにちは。何してるのかな?」
すると幼女が口を開いた。
「お絵描き」
声も幼女特有に高くて、しかも少し舌っ足らずで可愛い。反則級の可愛さだ。
「お爺さんは何処かな?」
「ジィジに用?」
「うん。お仕事で来たんだ」
「しょっかぁ。ジィジならお部屋だよ」
「ありがと」
幼女の頭を軽く撫でてから、ティナは大きな木に取り込まれたような家の扉をコンコンコンとノックする。しかし返事がない。もう一度ノックするが、やはり返事がない。
「あれ?」
するとティナの右手に人の肌が触れた。隣には幼女が居て、その小さな手で握って来たのだ。柔らかくて、ぷにぷにしている。思わず笑み崩れるティナだったが、いつまでもこうしていても仕方がない。幼女に尋ねる。
「お爺さん。居ないの?」
「じぃじはお部屋で寝てうの」
「まだ寝てるのかな?」
うぅん。それは困った。ティナが困っていると黒猫がピョンと玄関脇の窓から中へ。幼女も玄関のドアを開けて中へと入っていく。
「どうじょ」
幼女の先導のもとティナも中へ。家の中は薬草でいっぱいだ。幼女がトテトテと歩いて奥へと進んだ。
「じぃじ。お客さんだよ」
しかし奥からは何の声もしない。
「じぃじ。起きて。お客さんだよ」
舌っ足らずな声でお爺さんを起こそうとしているようだ。しかしやはり返事がない。黒猫がティナをじぃっと見ている。なんだろう。何かが変だ。奥に声を掛けてみる。
「あの。すみません。冒険者ギルドで依頼を受けて来ました」
しかしやはり返事がない。ティナは恐る恐る奥の部屋へと進んだ。すると足元を黒猫がスルッと横切って先導を始めた。もう一度声を掛ける。
「あの。ポルオレルさん?」
依頼票に書かれた依頼主の名前だ。キシ。キシっと床が鳴る。そうして奥の部屋に入ってティナが見たものはベッドで寝ているエルフの老人だ。
「あの……すみません。勝手に入ってしまって……」
しかしやはり返事がない。心臓がドキドキ鳴っている。もしかして……?
幼女がお爺さんを揺すっている。
「じぃじ。起きて。じぃじ」
嘘でしょ?
私の眼の前にいるお爺さんは目を覚まさない。試しに呼吸をしているか確認してみる。が……やはり呼吸をしていない。
「……うそ」
すると後ろで男性の声がした。
「爺さんな。ちょうど今朝、息を引き取ったんだ」
振り返るとそこには黒猫が居た。
「あなたは?」
「精霊だ」
「精霊……」
「シエラは、まだ爺さんが亡くなったことを理解できないらしい」
「シエラ?」
「その子の名前だ」
ティナが視線をエルフの娘に向けると、幼女が不思議そうな顔で言った。
「じぃじね。起きないの。どうして?」
ティナはどう答えていいか分からず、とりあえず幼女を胸に抱きしめた。幼女特有の体温の高さが現実を思い出させる。
それから少し迷ってティナはシエラを連れて冒険者ギルドへ取って返した。そして事情を説明すると職員がバタバタと行動を始めた。教会からは人が派遣されて略式ながら葬儀が行われた。
エルフの葬儀は土葬なので王都の墓場に埋葬される。
その様子を幼女が不思議そうに見ている。ティナの手を握ったまま。ポルオレルさんを棺に入れて穴へと入れていく。そして葬儀人の人達が穴を埋め始めた。それを見てシエラが私に言った。
「じぃじ……埋めちゃうの?」
ティナは頷く。
「うん。ポルオレルさんは……じぃじは亡くなったの。わかる?」
「……もう、お話できない?」
「そう。もう、会えないの」
すると幼女が小さく震え始めた。声が涙声になっている。
「じぃじ……」
「シエラちゃん。お爺さんにお別れの言葉を」
「じぃじ……」
そう言って俯いていた幼女だったが、しだいに大きな声で泣き出した。
「うわぁあああああ。じぃじ。じぃじ!」
ティナはその様子を見ているのが辛くて、彼女を優しく抱きしめた。胸の中で泣く幼女。その様子に葬儀の人たちも涙を浮かべているのだった。




