劇場内殺人事件中編【破】
案内された部屋には既に半数の方々が揃っておりました。辺りを一周見回しますと二人の男性が何やら言い合っておりますのが見え、聞き耳を立てていますと会話がありありと聞こえてきました。
「お前が殺したんとちゃうんけ。センスの悪い眼鏡しよってからに」
「なんやとおどれ! 眼鏡は関係ないやろが。お前こそ殺したんちゃうんけ。そないなモジャモジャした髪しよってかんに」
何と愚かしい会話でございましょう。とても同じ人間とは思えない言葉遣いです。
「少し、宜しいでしょうか。そこの粋な髪型のお兄さんと素敵な眼鏡したお兄さん」
彼らの顔はみるみる紅色へと染まっていきました。話し始めましたのはチリチリ様でした。
「お、おう何や姉ちゃん。俺等になんか用かいな」
チリチリ様の声は上擦っておりまして、少し可愛らしく感じられました。
「いえ、用という程のことではないのですがね。素敵な眼鏡の彼が殺したなんて言っておりましたので、何故そういった考えに至ったのか、言い合いに発展したのかを、お教え願いたいのです」
そう言いますとお二方共照れくさそうに応答してくださいました。
「いや、実はね。この眼鏡がね、俺が死んだ奴らの後ろに座ってたからって殺したんじゃねえのかって難癖つけてきやがったんだよ。だからつい、声が大きくなっちまって」
「犯人だと口走ってしまったという事ですか」
「そ、そうや」
大した根拠があるとは思ってはおりませんでしたが、本当に無いとやはりがっかりしてしまいます。
次に金眼鏡様が口を開きました。
「だ、だがよ姉ちゃん。こいつが犯人やと思うで」
「まだ言うかこの成金」
「喧しいクソ爆発頭。姉ちゃんこいつはな、後ろにいたってだけやないんやで。こいつは死んだあの男と知り合いやったそうや」
「知り合い、ですか」
「ちゃ、ちゃうで! 知り合い言うてもあの死んだ女のキャバに行ったときにたまに顔を見たってくらいや」
「あれやろ! お前あの女に惚れとって、あの男が邪魔やったから殺したんやろ」
「アホぬかせ! ほならなんで女まで殺すねんバカ!」
「誰がバカやこのセンスなしバカ」
「なんやと!」
「お静かに願います」
このお二方の会話は聞いておりますと脳が悲鳴を上げ始めました。
「とにかく、言える事といたしましては、お二方共犯人ではないということですね。ですのでこれ以上不毛な言い争いはお止めください。皆様仏様を見て気が立っておりますので」
チリチリ様が辺りを見渡しますと、皆がこちらを見ていることに気がついたようで、俯き続けました。
「あ、ああすまんかった」
その対応に自分の行動を思い直した金眼鏡様も同じく『すんません』と謝罪の意を述べました。それを見届けると周りの方々は下を向き、自分の時間へと戻っていかれました。
私は改めて辺りを見回し直してみました。すると一人不審な動きをするお方を発見いたしました。そのお方は頻りに腕時計を気に留め、必ず五回に一回入り口に立っております女性を睨見つけておりました。
「少し宜しいでしょうか」
お声がけしますと、男性は身体を小さく跳ねさせ、何とも怯えた目でこちらを見下ろしておりました。
「なんですか」
「先程から時間を気に留めておられるようでしたので、いかがされたのかと」
ノッポ様は入り口の女性をもう一度睨見、私の方を向き直りました。
「貴女に話す義理はございません。放っておいてください」
「そうですか。失礼いたしました。ですが最後に一つ宜しいでしょうか」
顔を顰めさせ、ノッポ様は承諾なさいました。
「女性を睨むものではございませんよ。ましてや、言い合いに負けましたからだなんて。情けなくってよ」
「聞いてたのか」
なんとも訝しげな声でそう宣うノッポ様は、非常に恐ろしい目つきへと変わっておりました。
「聞いておりませんよ。予想です。よ、そ、う。ですがそうですね。言い合いの原因は、記念日でしょうか」
ノッポ様の顔色がみるみる青白くなっていきます。私はそれに微笑みで返答いたしました。
「なんで、分かったんです」
「彼女の表情と貴方の仕草です。彼女の表情、とても不機嫌です。殺人があったというのに、そんな事よりも大事なことがあるといった表情です。そんな大事な事、女性からしますと、記念日くらいです。そして貴方が時計を見ていたのは癖、といつまで気を損ねているんだという苛立ちの現れ。ここで喧嘩だと分かります。ですが特に痣などはありませんし、そして睨んでおられるだけですので殴り合いだとかではない。ですので言い争いです。睨んでいた事自体に関しましては、喧嘩で負けた悔しさ故。それと五回に一回の頻度だったのはまぁ、五回が我慢の限界点だという事でしょね。あぁ、お二人の関係性が恋仲だと分かりましたのは時計ですね」
時計のベゼルにありますブランド名を指し、続けます。
「そちらのブランドはオーダーメイド専門です。それなのに全く同じデザインといいますのは、恋仲でなければそうそうおりませんでしょう。ですので、恋仲かと。あ、ですので分かったではありませんね。失礼いたしました。そう思うに至ったですね。訂正いたします」
一礼し、ノッポ様の顔を見上げますと顔色はまるでブルーハワイ欠氷のようでした。このお方は随分と分かり易い。
「それでは失礼いたします」
ノッポ様に背を向け、入り口前の女性の許へと歩いておりますと、扉が開き翔子が入って来ました。
「翔子。聴取お疲れ様」
「杏子〜疲れたよ〜」
翔子の溶けた表情に思わず笑みが溢れてしまいます。
「本当にお疲れ様」
翔子の耳元へと顔をやり、囁きます。
「で、あの刑事様から何か聞けた」
翔子は一息吐きまして、同じく小声で答えました。
「あの刑事ね、優秀だよ。コネが通じなかった」
「そう、残念」
翔子から離れようとしますと、翔子が胸ぐらを掴み、引き寄せました。
「でもあのリーマンの聴取は聞けたよ。私の一個前だったからさ」
目を見開きました。
「さすが翔子」
「あのリーマンの名前は米沢 耀司。矢澤出版に勤めているそうよ」
矢澤出版といえば、最近ニュースでよく耳にする出版社です。たしか、社長が売春を働いたとかで解雇されていたはずです。
「今日此処には一人で来ていて、この後担当している作家さんと打ち合わせがあるんだとか」
「だから早く帰して欲しいって?」
「そう」
「他には」
「それだけ。あの刑事、優秀ではあるけど、聴取はあっさりだよね」
確かにあの刑事様はあまり物をお聞きになりませんでした。これは犯人に目星がついてるが故なのか、将又犯人を見つける気が無いが故なのか。もしも後者の理由なのでしたら、私は刑事様を許さないでしょう。
「ありがとう翔子。それと一つお願いがあるんだけど、いいかな」
「勿論。何でも言って」
「ここにおられる方たちに、お話を聞いて欲しいの」
「聴取パート2だね。了解、翔子ちゃんにお任せあれ」
翔子は敬礼のポーズを取り、飛び跳ねながらお客様方の許へと向かって行きました。私はそれを見届け、米沢様の許へと向かいました。
「少し宜しいでしょうか」
米沢様は読んでおられた本を閉じ、目を合わせてくださいました。
「何用でしょうか」
「いえ、何をお読みになっておられるのか気になりましてね。お声がけさせていただいたのです。私も本が好きなもので」
米沢様の表情はとても読みづらく、嫌な汗を掻いてしまいます。
「そうですか。これは今私が担当している作家の物です。あ、私こういう物です」
米沢様は胸ポケットから名刺を取り出され、私へと差し出されました。
「頂戴いたします」
名刺は非常にシンプルなもので、米沢様のお名前に会社の住所と電話番号のみ印刷されておりました。
「米沢様が担当されている作家さんというのは」
「飾薔薇 海羽という作家です。御存じですか」
「申し訳ございません。存じ上げません」
「ですよね。この人、昨日初めて単行本が出たんですよ。ですのでまあ、知らないで当然っちゃ当然なんですよ。連載してたのも小さい雑誌なので」
米沢様は物悲しそうにおっしゃいました。
「でもね、この人は天才なんです。本が好きって言うなら是非買ってやってください」
「飾薔薇先生の事が大切なんですね」
米沢様は顔を少し赤くなさっておりました。
「勿論大切です。担当ですから」
それから三十分程米沢様とお話しておりますと、入り口が開き刑事様が声を上げました。
「皆さんご協力、誠にありがとうございました。これより二回目の聴取を行いますので、これより呼ぶ方々はここに残ってください。その他の方々はお帰りになっていただいて結構です」
そう言いますと刑事様はリストを読み上げていきます。
「新藤 圭一さん、守島 杏子さん、吉沢 翔子さん、米沢 耀司さん、工藤 雄二さん、新田 富恵さんらの六名です。それでは呼ばれてない方、速やかに移動のほどをお願いします」
「冗談じゃない」
米沢様はそう呟きますと、刑事様の方へと歩いて行かれました。しますと、米沢様のポケットから一枚の紙が落ちてきました。
「米沢様、落とされましたよ」
それを拾い、見てみますと巴 エナと書かれたキャバクラの名刺でした。




