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09❊意外な贈り物


 月日は流れ、本格的な冬季がやってくるとセルジュは屋敷にいることが多くなった。

 王都へ引っ越すための準備をしている彼を見る度に、過去に殺された時の瞬間を思い出してしまう。レヴィンを睨みつける鋭い眼光と彼が手に持つ銃、まだ一年はあると思っていたが、今回は違うのかもしれないという不安。

 誓の間に戻されることに慣れたとはいえ、〝死〟に関して慣れるわけではない、引き裂かれるような痛みと弾き飛ばされる衝撃、徐々に息苦しくなる身体と薄れる意識。不思議なのは死ぬとわかっているのに、ほっとしている自分だ。


 ――私はいつ彼に恨みを持たれるのか……。


 妻になっても彼に殺される運命は変わらないかもしれない……、と最近はそんな事ばかりを考えてしまう。

 帳簿をつける手を止め、物思いにふけっていると隣にいるセルジュが、「レヴィン?」と名を呼んだ。


「なんだ?」

「少し休憩をしませんか?」

「ああ」


 近頃は二人で執務室に居ても気になることはなくなった。

 それこそ、夫婦らしく振る舞えている気がして、以前より距離感がぐっと縮まったと思う。このまま何事もなく、夫婦として歳を重ねていく未来があるのかもしれないが、そうなるには彼の愛人問題がある。

 近頃は不意にセルジュの愛人の存在を意識しては何故かモヤモヤすることが増えた。

 

 ――彼女との間に子供でも出来れば……。

 

 そう、二人の間に子供でも出来てくれたなら気が楽になるのに、そんな気配もない。

 そんなことを考えていると、お茶を持って来たセルジュが、「すみません、これから出かけなくてはいけなくなりました」と言う。


「少し問題が起きてしまったようで、帰りは遅くなるかも知れません」

「あ……、ああ、分かった」


 まただ、とレヴィンは思う。モヤモヤと広がる不快な感情が、自分の気分を落ちこませる。

 屋敷の外へと目を向ければ、馬に跨ったセルジュが笑みを浮かべているのが目に留まり、レヴィンには笑顔を見せないが、愛人のためになら笑顔を浮かべる彼に軽く嫌悪感を抱いた。

 けれど、その不可解な気持ちをこそ彼に心を許してはいけないという警告だと思うことにした。

 ふと、セルジュが置いて行ったティーカップを見つめると、くるくると茶葉が回っている。


 ――不器用だな、淹れ方がなってない……。


 くすっと笑みを浮かべると、それを飲み干し、執務室を出た。

 二階の踊り場で待機するカールが、「どうかされましたか?」と聞いてくる。


「いや、疲れたから少し中庭へ行こうかと思って……」

「そうですか、お供します」

「一人でいい」


 カールの申し出を断り、中庭へと足を向けた。

 少し肌寒いが、考え事で過熱していた頭がスーッと冷えて、それが心地良かった。来年の春にはここを出て王都の屋敷へ移る。

 どう考えても、今回もセルジュに殺される気がしてしまう。それならば、自分でも色々と調べる必要性があると思った。

 彼に殺されると分かっているなら、その行動を注意深く監視すればいい、一体、何が引き金になるのか、それさえ分かれば、今回殺されたとしても来世に備えることが出来る……、と、そこまで考えてから、ふっと微笑した。


 ――今回も殺される運命なら、これが最後がいい……。


 もう終わりにしたい、夢なのか現実なのか、分からなくなるような世界で生きていたくない、とレヴィンは冷たくなった両手を口元へ寄せて、「はぁ」と息を吹きかけながら屋敷へ戻った――――。



 その日、夜遅くにセルジュは帰って来た。

 いつもより静かな歩みを感じたレヴィンは、そんなに気を遣わなくても……、と微笑した。

 当然のように通り過ぎるだろうと思っていたが、ピタリと部屋の前で立ち止まったことに驚いた。


 ――どうしたんだ……? 


 珍しいこともあると思っていると、コンコンと小さなノック音が聞こえる。

 すでに寝台に身を沈めていたレヴィンは、咄嗟に狸寝入りをした。まさか、ノックされるとは思ってもみなかったからだ。

 けれど、ギィと扉の開く音に驚いて、つい反射的に起き上がってしまった。


「あ……、起こしてしまいましたか? 申し訳ありません」

「……いや、いい、それよりどうかしたか?」

「これを」


 セルジュは手に持っている植木鉢へ視線を移した。


「私に……?」

「はい」


 彼の持つ植木鉢を受け取るために寝台から下りた。


「……そのまま、動かないで下さい」

「え、何故だ」


 植木鉢を近くのチェストへ置くと、彼はストールを手に取り、「今日は冷えますから、そんな薄着では風邪を引いてしまいます」そう言ってレヴィンの身体を包んだ。


「あ……、ありがとう」


 セルジュは置いた植木鉢を再度手に取るとレヴィンへ手渡してくれた。

 小さな蕾を付けた植物が生えており、可愛い花が咲くことが想像出来る。予想外の贈り物に先程まで緊張していたけれど、これから咲く花を想像して、レヴィンは気持ちがほぐれた。

 セルジュが、「寒い時に咲く花は珍しいですから領民がレヴィン様にと言って持たせてくれました……」と言う。


「そうか、花なんて女だけが喜ぶ物だと思っていたが、実際もらうと嬉しいもんだな……」


 レヴィンはセルジュのように領地の手伝いが出来るわけではない、それなのに、領民が自分のことを考えて花をくれたことが単純に嬉しかった。

 過去一度だって、領民との触れ合いは無かった。だから、そんなレヴィンをセルジュの妻として尊重してくれていることに感激した。

 うっとりと植木鉢を見つめていると、そわそわと気まずそうにするセルジュの気配を感じてレヴィンは小首を傾げる。


「どうかしたか?」

「いえ……、それでは、おやすみなさい」


 就寝の挨拶を済ませると、セルジュは慌てて部屋を出て行った。

 愛人に気を遣ったのだろうか……、とそこまで考えてレヴィンは頭を振った。

 セルジュが何か行動する度に、愛人と結び付けてしまう理由は自分でも分かっている。

 決して彼の行動のせいだけではなく、知らぬ間に自分に芽生えている家族としてのセルジュへの信頼や安心を奪われたくないと思っているからだ。

 どちらにせよ、これ以上、彼に信頼を寄せるのは良くないことだ。


 ――死に際の虚しさが増すだけ……。


 植木鉢を窓際に置くと寝台の上へと寝転がり、レヴィンは月光に照らされる蕾を見つめながら眠りについた――――。


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