07❊失言
翌朝、今度はハリーが突然レヴィンに謝罪をしてくる。
昨日のセルジュを思い出しながら、騎士という生き物は落ち度もないのに突然謝ることが趣味なのだろうか? と無関心を装いながらレヴィンはハリーの顔を見た。
「俺のせいでセルジュと一緒に居る時間が少なくなって、レヴィン様には寂しい思いをさせてしまいました」
まったく謝る必要性を感じない謝罪をされ拍子抜けした。
「ハリー様は、おかしなことを言いますね、セルジュとは毎日顔を合わせてますよ?」
「ああ、そうでしたね」
くすっと互いに笑みを浮かべながら、レヴィンはつい調子に乗って口走った。
「ハリー様の方こそ、妹のマリスティーナ嬢とは――」
「おや、……俺の妹をご存じでしたか?」
冷たい湖に飛び込んだかのように、ヒッと全身が冷気に覆われ血の気が引いた。
昨日は一度だって妹の話はしていなかったことを思い出し、それなのに、マリスティーナの名を出してしまったことに動揺して、レヴィンは言葉が上手く出てこなかった。
「そういえば、ハリーの妹も誓の間にいたな」
そう言ってセルジュが背後から現れると、〝誓の間〟にマリスティーナも居たことを主張しつつ、更に言葉を続けた。
「レヴィンは俺達と違って記憶力が良いんだ。貴族の家系図が全て頭に入ってると従者が言っていた」
「そうなんですね、さすがです。我々など何度説明されても、忘れてしまったり、間違えてしまうのに」
大袈裟にハリーが言うのを聞き、レヴィンは内心ほっとした。
多少、変だなと思っていたとしても、セルジュが自分を庇ってくれたことで、ハリーはそれ以上の追究は出来ないし、する気もないだろう。
そう思っていた矢先――。
「それなら、今度、我がクロニエ伯爵家へ遊びに来ませんか? 妹はラバンス伯爵家に嫁いでおりますが、レヴィン様がいらっしゃるなら喜んで帰って来ると思います」
過去では〝妻〟だったこともあるマリスティーナと今世で会うのは危険だ。
何もかも知らないふりをして過ごせる自信がない。取りあえず、社交辞令で返事だけして、その時が来たら体調を理由に辞退すればいいだろう。
「それは楽しそうです。……ね、セルジュ?」
突然のレヴィンの声掛けに、「ああ……、夫婦で訪問させてもらう」と調子を合わせてくれるセルジュに、ほっと胸を撫で下ろした。
普段は鈍い男だが、こういう時は彼の機転の良さを称賛したいと思う。
「それじゃあ、失礼します」
「お気を付けて、またいつでもお越し下さい」
ハリーの姿が遠ざかるのを見届けるとレヴィンは大きく溜息を吐いた。
背後にいるセルジュへ、「今日は何処へ出かけるんだ?」と聞けば、彼の口角が僅かに上がる。
――笑われた?
何処へ出かけるのか聞いただけで、どうして笑うんだ? とレヴィンは目を細める。けれど、この僅かな表情が分かるのは自分だけで、どうやらカールや執事には分からないらしい。
彼らにセルジュに笑われたと訴えても〝?〟を浮かべた間抜け顔を晒されるだけなのだ。
「今日は何処へも行きません」
「珍しい……」
「そうでしょうか……?」
しらばくれるのか、とレヴィンはいらっとした。
自分を避ける様に出掛けていたのを気付いてないとでも思っているのだろうか? そんなことにも気が付かない鈍感な人間に思われていると思ったら無性に腹が立って来た。
苛立ったレヴィンは、ぷいっと顔を背けたが、セルジュが自分を呼び止めると手を差し出してくる。
「な、なんだ?」
急に差し出された手に驚いていると、セルジュが、「執務室に行くのでは?」と聞いて来る。
「そうだ……」
「では、参りましょう」
そっと彼の腕へと誘導され、エスコートを受ける。屋敷内でこんなことする必要はないのに、とレヴィンの歩幅に合わせて歩く彼を見て、なぜか胸の奥がむず痒くなった。
「先程の話ですが――」
「先程……?」
「ハリーが屋敷に招待すると言っていた話です」
ドクンと心臓が大きく跳ねる。もしかして、妹の名を出したことや、おかしな点があったことを指摘してくるのだろうか? とレヴィンは身体が震えそうになるのを必死で堪えた。
考えてみれば、彼に殺されない過去は無かった。今はまだ〝死ぬ〟時期では無いけど、自分の行動次第では早まる可能性だってあるのだ。
くらくらと揺れる頭をレヴィンは手で支え、平静を装いながら「何か……問題か?」と訊ねた。
「いえ、行くのであれば、暖かい季節に行きましょう」
そんな話? とレヴィンは面食らう。
「別に、いつでも構わない」
「いいえ、子供の頃からお風邪を召されていたので……」
「セルジュ、私はもう十歳の子供じゃない」
幾つになっても子供扱いするんだな、と彼を睨んだが、セルジュは困った顔を見せながら、「子供扱いではなく、心配しているのです」と言った。
「夫婦なのですから、心配するのは当然です。レヴィンも、この間そう言ったではないですか」
「……」
以前、領地に訪問した時のことを蒸し返されて、レヴィンは言い返せなくなる。逞しい二の腕に掴まりながら執務室へ到着すると、彼も一緒に中へと入って来た。
「セルジュが使うなら、私は後でもいいのだが?」
「いいえ、……せっかく二つ机があるのですから、お互いの仕事をしましょう」
レヴィンは彼の顔を二度見した。
今まで一度だって一緒に仕事などしたことが無かったのに、急にどうしたのだろう? と彼の行動が不可解だった。
恐らくだが、彼なりに何処か不審に思っている可能性が高いと思ったレヴィンは、彼の提案に素直に従った。
二つ並べてある机の小さい方へ腰かけたものの、二人っきりの空間に慣れておらず、セルジュの存在が気になり、レヴィンは仕事が進まなかった。
時折カツっとペンの先が机にぶつかる音を聞きながら、不意に全ての音が消えた時――、
「王都の近くに、空いている土地があります」
「そうか……」
「来年、そこへ住居を移そうかと考えています」
「え……?」
「ここはレヴィンには不便ですから」
――ああ、そういうことか……。
急に二人で仕事をするなど、変だとは思ったが、この話がしたかったのだと気が付いた。
レヴィンを王都へ追いやる理由もだいたい見当が付く、自分がいると邪魔なのだろう。愛人と気兼ねなく会いたいのも分かるし、それに関しては今後も口を出すつもりはないので問題はなかった。
「不便なんて思ったことはないが、セルジュが決めてくれたのなら従う」
「……そうですか、この領地に関してはマシューが居ますし、俺よりも彼の方が管理は向いているでしょう。それに俺も王都の方が都合がいいですから」
「え……? 私だけが王都に移るのではないのか?」
眉根を寄せるセルジュが、「どうしてですか?」と訊ねて来る。
「わ、私が邪魔なんじゃ……?」
つい、本音を口走ってしまい、しまったと思うが、時すでに遅しだった。
目を見開き驚いた顔をした彼は、「邪魔なわけありません」と言って言葉を続けた。
「レヴィン、俺達は誓いを立てた夫婦です。離れて暮らすなど論外です」
「そ、そうなのか?」
「もしかして、離れて暮らすことを望んでいるのですか?」
「いや! そうじゃなくて……」
――お前と愛人の逢瀬を尊重してるだけだ……。
そう口に出してしまえば、それで済むのだろう。けれど、母親である王妃から、夫のすることは認識しておく必要はあるが、口を出してはいけないと教えられた。
母も寵姫のことで昔は随分悩んでいたし、気丈に振る舞ってはいたが、陰では泣いていたのを知っている。結局、愛した方の負けなのだ。
愛情に勝ち負けがあるなど変な話だと思うが、愛するということはそういう事なのだろう。
「分かった。セルジュの言う通りにする」
本当は王都に近付きたくはない。過去に夫だった人間達と顔を合わせる機会も多くなるし、それにセルジュに殺されたのは決まって王都の時計台だった。
やはり、今回も逃れられないのかも知れない、とレヴィンは震えそうになる身体を自分で抱きしめた。
「寒いですか? 少し待ってて下さい」
「あ、いや、だいじょ……」
言い終わる前に、彼はパタンと執務室を出て行ってしまった。
本当に無駄に優しい男だと思う。レヴィンがくしゃみでもしようものなら、家中の布をかき集めてくるに違いないな、とその様子を想像して一人でくすくす笑った――――。




