ありがとう
月日が流れ、レヴィンは妊娠と出産を二度経験した。
アルファとオメガの男の子を生んだあと、医者に三人目を生むことは危険だと言われたため仕方なく諦めた。
「ヴィンセント、そんなにきつく抱いたら……」
三歳になったばかりのヴィンセントは、弟が可愛くて仕方ないようで、近頃はジュノンに会うとぎゅうぎゅうと抱き付いて離れない。
仲が良いのはいいことだけど、歳を重ねるとともに気持ちの変化や距離感などを間違えたりしないように教えなくてはいけないな、とレヴィンは目を細める。
なんといってもオメガは身体の仕組みのせいで、人との距離感を間違えやすいし、間違えられやすい傾向にある。こんな幼いうちから心配することでもないけれど、用心するに越したことはなかった。
しばらくの間、レヴィンが微笑ましく息子二人のじゃれ合う姿を眺めていると、ブランカが昼食の報告に来た。
「殿下、今日の昼食はガーデンハウスに用意したと陛下からの伝言がありました」
「へぇ……」
「……喧嘩なさったのですか?」
こちらの機嫌の悪さを察知したのか、勘の良いブランカは口元を押さえながら、くすくす笑っている。
「喧嘩ではなく……、意見の食い違いだな」
「食い違いですか」
昨日の出来事を思い返せば、特に揉めるほどのことではなかった。
レヴィンは属性の違いを指摘しただけのことで、別にヴィンセントがオメガだからといって、必ず嫁ぎに出さなければいけないというわけでもない。
そもそも、三歳になったばかりで婚姻を考えるような年齢でもないのだ。
それなのに、「こんなに幼いうちから、嫁ぎに出すとか出さないとか……」と昨晩の言い合いの発端をブランカに伝える。
今はまだ早いし、揉めるようなことでもないのに、セルジュがおかしなことを言うから――、と続きを愚痴ってしまいそうになるのをレヴィンは堪える。
「あー、なるほど、気が早い話ですね」
「そう思うだろ? 自我が目覚めたばかりなのに、親が強制的に色々決めるのは良くない」
レヴィンは本人の好きなようにさせてやりたい。それなのにセルジュは、嫁ぎに出すくらいなら、城の敷地内に専用の城を建てるとか言い出すし、過保護もいいところだった――。
昼になり、昼食が用意されているグランドガーデンの先にあるガーデンハウスに行けば、そわそわしながらセルジュが待っているのが目に留まった。
そんな彼の背後にいるニクラウスが、げんなりした様子で口を動かしている。その様子を見る限り、仕事が山積みなのに抜け出して来たのだろうと察した。
「レヴィン、待ちくたびれました」
「……私じゃなくて息子達を待っていたんだろ」
ぎゅっと目を細めて不機嫌な態度のまま返事をした。
「いいえ、俺はいつでもレヴィンだけです」
本当に憎たらしい男だ。そうやって言えば、こちらの機嫌が直るとでも思っているのだろう。しかも、テーブルに並べられている昼食は自分の好きな物ばかりだ。
乳母のマリエッタに子供達を日陰へと連れて行くように命じ、レヴィンは用意された席へ腰かけようとしたが、セルジュがわざわざ椅子を引きにくる。
「抜け目のない男だな……」
「レヴィン、そういう言い方はやめてください。俺はあなたの伴侶で、子供の父親なのですから、このくらい当たり前です」
ここぞとばかりに肩書を並べて言うのを睨みつけ、レヴィンは口元を曲げながら礼を述べた。
「分かった、夫殿に感謝する」
「ハァ……、昨日の件なら謝ります。俺も少し気が早かったです」
そう言って眉を下げるセルジュを見つめ、反省しているならいいかと、取りあえず目の前に並べられた昼食に手を伸ばした。
何故かニクラウスがほっとしているのを見て、おそらく彼も巻き込まれたのだと察したレヴィンは、「宰相にも何か言ったのか?」と聞いた。
「ヴィンセント王子の伴侶候補になりそうな隣国のアルファ属性の王子たちの素姓を調べろと言われましたが、今日、無事に命令が取り下げられました」
呆れてものが言えないレヴィンは、ニクラウスから視線を外し、気まずそうに目を伏せているセルジュへと移動させた。
まったく、本当にどうしようもないな……、と小言を並べながら昼食を食べ終える。
終始ぎこちない会話を終え、部屋へと戻る際、セルジュが乳母とブランカを呼びつけ何か言伝をしたが、またどうせくだらないことなのだろう。
まあ、子供に無関心な父親よりはマシかもしれないな、とレヴィンは小さな溜息を吐いた――。
その日の就寝時間、子供達と一緒に寝る予定だったが、乳母から今日は夫婦でお過ごしくださいと言われる。
「昨日も一緒だったし、別に今日は……」
「いいえ、本日は……」
そう言って乳母は言葉を引っ込める。
彼女の言葉を汲み取り、何があるのだろうか? と考えている間にセルジュが迎えに来た。
「レヴィン、行きましょう」
「え……、何処へ?」
最近は子供を交えての時間が多いこともあり、夫婦の時間も必要ですとセルジュが言うが、それに関していえば当然のことだと思った。
近頃は二人とも子供中心でお互いを気遣えてない。だからあんな些細なことで言い合いになったのかもしれないと思う。
こちらの手をぎゅっと握りしめた彼は、隣の塔へと足を向けるが、こんな時間に隣の塔へ行くなど初めてのことで、何をしに行くのかと不思議に思っていると、渡り通路の途中でセルジュは歩みを止めた。
「初めて、この城に来た日を覚えてますか?」
「ん、ああ……、あの日、ここから見た景色は一度も忘れたことはない」
素晴らしく美しかったことを懐かしんでいると、美しかったのはレヴィンだったとセルジュが告げてくる。
まるで、たった今、恋に落ちたかのような顔を見せた彼は、男らしい指でこちらの髪を絡ませ、そのまま流れるように唇を寄せた。
「俺は随分と欲張りになってしまったと思います。あなたのことも子供の事も手放したくないと……」
そう言いながら、セルジュは今日が何の日かを教えてくれた。
初めてこの城にレヴィンが訪れた日だったことを知り、十五年以上も前のことを覚えていることに驚く。
どうやら、毎年、この日は一人でここへ来て当時のことを思い出していたと告白された。
「そうだったのか、今までも誘ってくれたら良かったじゃないか」
「何となく、誘い難かったのです。あなたにとっては些細なことだと分かってましたから」
そんなことはない、あの日からこの城で暮らせる日をどれだけ待ち望んでいたか、レヴィンだって毎日のように、この景色を思い出していたのだから。
「私達は少し言葉が足りないのかもしれないな……」
厳密にいえば、レヴィンの言葉が足りないのかもしれないと思う。
「来年からは私もここに呼んで欲しい」
「良いのですか? ただ景色を見るだけですよ」
「……お前が思っている以上に、私にとっても特別な日なんだ」
何と言っても、この城の全てが自分への贈り物だと知った日であり、お互いの気持ちを再確認した日なのだから、と本人には伝えることのない思いを蓄積させた。
セルジュに肩を抱かれたレヴィンは身体の力を抜き、素直に身を預ける。初めてここに訪れた時の自分は背も小さくて、こんな風に寄り添うような関係ではなかった。
けれど、あんな子供の姿でも彼は今と変わらぬ愛情を注いでくれていたことを思い出し、「ありがとう」と小さく呟くと、彼の胸へと顔を埋めた――――。




