求婚
王城の貯水塔の裏手から伸びる小さな小道を歩いていると、背後からバタバタと足音が聞こえてくる。
「ヴィンセント王子、何処へ行かれるのですか」
「裏山に行くんだ」
困った王子だと溜息を吐くカイリーは、僕に小言を言い始める。
「レヴィン后殿下に叱られますよ」
「大丈夫だよ? 護衛がいるし」
もちろん、君も護衛の一人だよね? と口に出すまでもないことを目線で知らせる。
ニクラウス宰相の令息であるカイリーは、普段から父親に厳しく言いつけられているみたいで、片時も僕から目を離すことはなかった。
今年で十五歳になる彼は日に日に逞しくなっている。修練も頑張ってるし、騎士としても大人顔負けの実力を身に着けていた。
けど……、后殿下の近衛兵になりたいと頑張っているのを知り、ちょっと複雑な気分だった。
――どうして僕の近衛兵じゃないの?
そう聞きたいけど、普段から彼を見ている人間からすれば、理由は丸わかりだ。
「ねぇ、カイリー……成人したら僕と結婚してくれる?」
「いいえ、ヴィンセント王子、陛下が反対されるでしょうし、私には荷が重いです」
彼は優しい笑みを浮かべて僕にそう言った。
そんな言い訳しなくても、本当は知っているんだ。カイリーは后殿下のことが好きだってこと。
いつも話しかけられる度に頬を染めているし、后殿下のことを目で追っている。きっと君の父である宰相だって気がついていると思う。
叶わない恋心を抱いた幼馴染を憐れむべきか、それとも、そんな彼を好きになった自分を呪うべきか。
「複雑……」
僕の独り言を聞き、「何がです?」と不思議そうな顔を見せるカイリーに、「別に」と不貞腐れながら返事をした。
不意に強い風が吹き、そのせいで自分の髪が顔にかかる。髪留めを持ってくるのを忘れたな、と顔面を覆い尽くす髪を手で払いのけていると、ぼーっとした顔でこちらを見つめてくるカイリーに苛々とする。
なぜなら、彼は僕ではなく后殿下譲りの〝髪〟を見つめているから。
「最近、皆が后殿下に似てきたって言ってるけど……」
僕は顔を斜めに傾けて、君にはどう見えるのかな? と彼の返事を待っていると、こちらを倣うようにカイリーも顔を斜めに傾けて、「そうでしょうか」と眉の間を狭めながら言う。
その冷淡な言い方が逆に清々しくていいと思えた。僕だって后殿下の代わりにされるのは嫌だし、そんな目で見られたくない。
――この先も君にだけは、后殿下に似てると思われたくないなぁ……。
どちらにしても、この愚かな初恋に終止符を打たなくてはいけない日は来る。
おそらく成人を迎えたら何処かの国へ嫁ぐことになるのだから、君のことをいつまでも想っていても仕方がないことは十分承知している。
父王だけは、うちの子は何処にもやらないと言って反対しているけど、それを言う度に后殿下に怒られている。
現状、多国から求婚状が多数届いていることを考えると、間違いなく条件の良い隣国へ嫁ぐことになるのだ。
その事実に向き合う度に、僕の口からは切実な思いがこぼれ落ちる。
「君と結婚すれば、この国にずっといられるのに……」
「そうですね、ですが……」
ですが、ですが、そればっかりだ。いったい僕にどれだけ求婚させれば気が済むのだろう?
「……私は王子を娶るなど、恐れ多くて出来ません」
深々と頭を下げるカイリーを見つめ、ああ、早くこの男の恋心など父王が斬り刻んでくれたらいいのにと願う。
――ふん、僕が后殿下より美しくなった時に後悔したって……
何だか自分で虚勢を張っていると虚しくなってくる。僕はあんな風にはなれないし、大体、后殿下の品格を手に入れるには何百年もかかりそうだ。
ああ、もう、いっそのこと、僕の恋心が岩石に押しつぶされて這い上がれないように地中に埋まってしまえばいいのだ。
「あ……」
自分への苛立ちで周りが見えていなかった僕は、うっかり大木の根に足を取られて転びそうになる。
けれど、咄嗟に腰を抱き寄せてくれたカイリーのおかげで転ぶことはなかった。
一瞬、焦った表情を見せた彼だったが、すぐに笑みを浮かべると、そのまま僕の耳元へと顔を近付けて、「よそ見しないで下さい……」と甘ったるく忠告してくる。
――ああ、もう、君のそういう態度がいけないんだからな!
支えている腕を振りほどきながら、僕は熱くなる体温を冷ますように前へと歩き出した――――。




