召使い事件
夕食前のひと時、レヴィンはブランカに結婚祝いの品を渡した。過去の時より結ばれるのに時間がかかったが、ようやくトビアスと彼女が婚姻することが決まり、レヴィンも肩の荷が下りた気分だった。
「ブランカ、結婚おめでとう」
「わざわざ、ありがとうございます。こんな高価な物を頂いて本当に宜しいのですか?」
高級磁器を手に嬉しそうな顔をする彼女にレヴィンは大きく頷いた。
本当は宝石とかでも良かったのだが、彼女の性格上あまり喜びそうにないと思い、普段でも使えそうな物を選んだ。
「トビアスにとびきり美味しいお茶でも淹れてやってくれ」
「いいえ、彼には勿体ないです!」
ぷい、と顔を背ける様子を見て、レヴィンは喧嘩でもしたのかと尋ねた。
「あの方は、その……、ご自分の魅力が分かってないのです。先週、買い物に行った先で……」
どうやら、トビアスが店の娘と親し気にしている様子が気になったということだった。
「ただ話をしてただけなのだろう?」
「ええ、ですが、店の娘は頬を赤らめて『トビアス様』と親し気に名を呼んだのです。しかも彼も彼女の名を……」
うっ、とレヴィンは言葉に詰まった。それはどう考えてもトビアスが悪いなと思う。怒りを露わにするブランカを宥めながら、ふと、あの話を思い出した。
『陛下が、私の名をお聞きになったの』
侍女のあの嬉しそうな声を聞く限り、おそらく、普段は隠している男の色気を振りまいて名を聞いたに違いないのだ。
ブランカの気持ちが痛い程わかるレヴィンは意気投合し、お互い言いたいことを言い合った――。
その日の夕方、散々愚痴をこぼしたせいか、ブランカにセルジュがどうして名を聞いたのか聞いてみた方がいいのでは? と助言を受けた。
――今さら、侍女の名を聞いた理由をセルジュに聞くのか?
深い意味はない、と言われそうだし、数ヶ月も前のことをまだぐじぐじ考えている女々しい人間だと思われたくない。
ああ、我ながら本当に可愛げがない、と自嘲しているとセルジュが仕事を終えて帰ってきた。
大人しくしてましたか? と、まるで人を子供扱いする彼を睨みながらレヴィンは、「また何かに巻き込まれるといけないからな」とそっぽを向いた。
くすっと笑う吐息が聞こえて、苛っとさせられたレヴィンは、我慢できずに言葉にしてしまった。
「だいたい、あれだって元はと言えば、お前の……」
「なんです?」
言ってしまえば自分だってスッキリするのに、どうして聞けないのか。
「別に、なんでもない……」
机の上の本を一冊取ると、レヴィンはそれを読み始めた。もちろん、読んでいるふりであり、セルジュの質問から逃れるためだ。
本当は聞きたいことがあるのに、無理やり胸の奥に閉じ込めたせいで、もやもやとした気分は一向に解消しないままだった。
それにしても、どうして自分ばかり、こんな思いをさせられなくてはいけないのか。
いや、セルジュ本人の自覚が足りないのがいけないのだ。母の側近として近衛兵を務めていた時だって、令嬢からの視線を受け流していたが、冷たくされる方が女の心は乱されたりするのだ。
――きっと、女心を分かっていて、冷たく振る舞って……。
「レヴィン」
「なんだ……?」
「熱心に本を読まれてますが、さかさまです。いくらあなたが器用だからといってそれでは読めないでしょう……」
慌てて本を正しい向きに持ち直したが、ツイと本を奪われて、「悩み事があるなら言って下さい」と言う。
悩みなどない! と冷たくあしらっても、しつこく食い下がって来る。何だか面倒臭くなったレヴィンは、「侍女に名を聞いたのは何故だ!」と脈絡もなく怒鳴った。
「……いったい……何の話です?」
「側室の話が出た時、侍女が話しているのを聞いたんだ、お前に名を聞かれたって」
しばらく考え込んでいたが、どうやら思い当たることがあったようで、セルジュは気まずそうに口を開いた。
「髪が……、髪の色がレヴィンと似てました。だから名を聞きました」
「そ、それで?」
「それだけです。ですが、もう名前も顔も覚えてません」
は? とレヴィンは、ぱかっと開いた口を閉じるのも忘れてセルジュを見つめた。自分の髪色と似ていただけで名を聞いたと言われ、怒るに怒れなくて感情が迷子になる。
「レヴィン……」
甘い声で抱き付いて来るセルジュが、耳元に唇を寄せながら、もしかしてヤキモチを妬いたのですかと聞いて来る。
「だ、だったらなんだ!」
「とても嬉しいのですが、心外だなと思いまして、そもそも、あなたは他者に妬く必要はないと思うのですが」
そう言ってこちらの頬を両手で包み込んで来る。
つっー、とレヴィンの唇を親指で潰しながら、セルジュの視線が悩まし気に動きまわる。その意味ありげな瞳を見ていると、こちらの気が変になりそうだった。
「そういえば、明日から発情期でしたね」
ふむ、とわざとらしく考え込んだセルジュが、またレヴィンの耳元に唇を寄せた。
「とても楽しみですね」
そう言った瞬間、セルジュはレヴィンの首筋にかぷっと歯を立てた。その官能的な行動のせいで、全身に火を灯されたかのように熱くなる。
ああ、本当に腹が立つ、明日になればこの男だって、レヴィンの誘惑香の熱にうなされて正気ではいられなくなるのだ。余裕を見せていられるのも今だけだからなとレヴィンは睨む。
「さ、食事に行きましょう」
自分を抱きしめていた腕が離れると、今度は手をぎゅっと握った。
――私と髪色が似ていたから気になっただけ……。
一応、納得はしたものの、もしかしてこの髪色の人間が好きなのか? と新たな悩みの種を拾ったレヴィンは、その後も城内にいる似たような髪色の人間を見つけては、わけも分からず焦燥感に駆られるのだった――――。
~召使い事件~END.




