05❊セルジュの友人
数日後、兄からの手紙を受け取ると、急いで封を開けた。
レヴィンは、『いつでも帰って来なさい』という返事をもらえると思っていたが、実際は違っていた。
兄の返事は、『会わない方がいい』だった。
レヴィンが元気でいることに安堵したという言葉も添えられてはいたし、金銭面で困ったことがあれば、いつでも資金を送ると書いてあり、過大な愛情を感じるものの、何処かで突き放しているような奇妙な感じがした。
――きっと兄上は忙しいのだろう……。
どちらにしても、今世では逃げ出したいほどの屈辱や、凌辱は受けてはいない。兄に会いたいと思ったのも、久しぶりに元気な顔を見せられたらいいな、と思っただけで、特別な理由があったわけじゃなかった。
兄は忙しい方なのだから、とレヴィンなりに解釈し、深く考えるのはやめると手紙を閉じた――――。
その日の夕刻、珍しくセルジュが友人を屋敷に招いた。
レヴィンも知っているその人物は、セルジュが王妃の側近をしていた時、国王陛下の近衛兵を任されていたハリー・ベルマンという男で、実に生真面目な人物だった。
「突然、お邪魔してすみません」
「とんでもないです。セルジュが友人を連れて来るなんて初めてのことで驚きました。きっとハリー様は特別な方なのですね」
長年培った社交辞令をつらつら述べて、いかにも歓迎しているという笑みを浮かべながら、レヴィンはハリーと会話をする。
玄関先で、だらだら話を続けるのは騎士にとって苦痛なのでは? と感じたレヴィンは――、
「良かったら、夕食の準備が出来るまで、私とチェスでもどうですか?」
「はい、是非……っ?」
笑みを浮かべたハリーが快く返事をしてくれた途端、セルジュが会話を遮るようにレヴィンの前に立ち、「少し彼と話があります――」と言う。
「そうでしたか、私は邪魔をしてしまったようですね、これで失礼します」
せっかく〝夫〟の客人をもてなしているというのに、不要だと言いたいのだろう。
ぷい、と二人に背を向けるとレヴィンは自室へ向かった。
元々、セルジュの客だし、出過ぎたことをしているのはレヴィンの方だが、まるで邪魔者扱いをする彼の態度に腹が立ってしまった。
後から付いて来たカールが、「ご機嫌が悪そうですね?」と声を掛けて来る。
「別に……」
「ハリー様が気に入らないのですか?」
「……何故、そう思う?」
「そりゃ、旦那様を取らッ……痛っ……! 酷い!」
足先を少し踏んだくらいで大袈裟に痛がるカールをジロリと睨み、レヴィンは思っていることを口にした。
「何か勘違いしているようだから言っておくが、セルジュにはちゃんと――」
言いかけてから、これは他人に言う必要はないことだと口を閉じ、「とにかく、勘違いするな」と伝えた。
それにハリーは三度目の結婚相手だったマリスティーナの兄だった人間だ。
当時、直接交流は無かったが、健気に兄を自慢する彼女の話を聞いていたし、間接的だが彼がどのような人物か分かっているつもりだった。
――マリスティーナか……。
彼女は見た目の美しさに反して、自身の身体を大事にしない女だった。レヴィンの発情期が来ると狂ったように交わり、自分で首を絞めたり自虐を行うこともあった。
それにしても似てないな、とハリーを改めて眺める。
城に勤める騎士は独特の雰囲気を漂わせており、それはオメガの誘惑香に負けないように過酷な訓練を受けてるせいだった。
その過程で強い自制を身に着けるせいか、一般的なアルファとは精神力が違う。とはいえ、所詮はアルファなのだから、箍さえ外れればオメガの誘惑に溺れるのだろう。
――セルジュだって……。
レヴィンは思わずピタリと足を止めてしまった。
あの男がオメガの誘惑に溺れる姿なんて想像も出来ないが、見てみたい気がした。
どれだけ体裁と品を備えていても、過去に自分の放つオメガの誘惑に敵う人間は見たことが無かったし、いくらエリートだと言っても欲望には勝てないはずだ。
――私は……何を考えて……。
馬鹿げた妄想を頭から追いやるが、湯浴みをする時に見かけた彫刻のような体が脳裏を過ぎり、レヴィンはごくっと喉を鳴らした。
「レヴィン様?」
不意に声をかけてきたカールに驚き、「……な、なんだ?」とレヴィンは上擦った声をあげた。
「いえ、急に立ち止まられたので声をかけたのです」
まさか、夫の裸を想像していたとは言えないし、脅されたって言いたくはない。
カールは笑みを浮かべ、レヴィンが何か言うのを待っているが、その姿が挑発しているように見えて、何故かイラっとした。
「……何だか、腹が立って来た」
「ええ? どうしてですか?」
レヴィンの頭の中を読み取る能力などないカールは、「俺に落ち度はないはずです」と慌てふためく。
「……ただの八つ当たりだ」
「なーんだ、やっぱり妬いてるんですね」
「馬鹿馬鹿しい……、どうして私が妬く必要があるんだ。あの二人はアルファ同士だ」
そもそも自分達は愛のある結婚ではないし、今世でも彼に殺されるかもしれないというのに、そんな相手をどうして愛せるんだ? 本当に馬鹿馬鹿しいな、と冷めた目でカールを見た。
執務室へ入る扉の前で、ふと、今朝届いた手紙のことを思い出し、話題を変えるためにレヴィンは王都の話をした。
「そういえば、王都は変わりないのか?」
「俺の耳には何も情報は入って来てませんが、ハリー様ならご存じなのでは?」
確かにハリーなら何か知っているかもしれないとレヴィンも思うが、すぐに頭を横へ振った。
「仮に知っていることがあっても国王陛下の近衛兵だ。国の情報を簡単に漏らすわけない……」
「そうですね。でも、二人で何か話すことがあると言うなら……、もしかして何かあったのかもしれませんね」
カールの話も一理あるが、退任して既に半年以上も経つセルジュに、内情を話したりはしないだろうと思う。
――この時期に何かあっただろうか……?
過去を思い出そうとしたが、どの過去も大半が外部との接触を切られていたし、レヴィンの耳に入るような大きな事件は無かったと記憶している。
どちらにせよ、もう王子ではない自分が国のことに口を出せる立場ではないのだし、何か情報を握ったところで出来ることなど何もないだろう。
「私はしばらく執務室に篭る」
「分かりました。あとでお茶をお持ちします」
カールと別れるとレヴィンは執務室へ向かった――。




