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メビウスの廻廊  作者: 南方
。.。:+* ゜ 第一章 ゜ *+:。.。
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04❊兄からの手紙


 ようやく川の増水が収まったことで、男爵家はいつも通りの朝を迎えようとしていた。

 主が屋敷内にいることを知らせる合図でもあるかのように、コツコツと規則正しい足音が廊下から聞こえてくる。

 毎回、セルジュはレヴィンの部屋の前で一呼吸おくかのように数秒立ち止まるが、おそらく他の人間には立ち止まったかどうか判断出来ないだろう。

 

 ――今日は何処へ行くのだろう? また、あの女の所に行くのだろうか……。


 先日、彼女の姿を確認したことで、気が付けば勝手な憶測と想像をしてしまう自分がいる。二人の逢瀬に関する思考を頭の隅へと追いやり、身支度を整えると食堂へ向かった。

 食堂内へ足を踏み入れると、食事の準備をする召使いが忙しそうにしているのが目に留まる。

 こちらに気が付いた召使いは、慌てて腰を折り、「レヴィン様、おはようございます」と挨拶をした。


「ああ、おはよう。そんなに慌てなくてもいい」

「は、はい!」


 召使いに気遣う言葉をかけたあと、すでに席に座っているセルジュに目を向けた。


 ――相変わらず何を考えているか分からないな……。


 その何を考えているか分からない男は、立ち上がるとレヴィンの手を取り、さり気無く席までエスコートしてくれた。

 マナーや礼儀は流石に王妃の側近だっただけのことはある。

 彼の完璧な立ち居振る舞いに毎度感心するが、こんなに無表情では機嫌が良いのか悪いのかも判断が出来ないな、と思っているとセルジュの男らしい口が開く。


「そう言えば、領民への差し入れをして頂き、ありがとうございました」

「いや、お礼を言われることでもない、この男爵家の稼ぎから払っているのだからな」

 

 ふん、とレヴィンが軽口を叩けば、セルジュの口角が僅かに上がった。


 ――な、何が面白かったんだ……。


 微妙な口の動きだが、レヴィンは笑われたような気がして、カッと体が熱くなった。

 いつもそうだ、セルジュの僅かな表情に動揺して鼓動が激しくなってしまう。過去、何度も彼に殺され、その場面を思い出す時は恐ろしいのに、セルジュ自身を怖いと思うことは少ない。

 恐らく、今世は彼の〝伴侶〟なのだからという安心感もあるからだろう。一人で考え事に耽っていると、執事が手紙を持って来た。


「お話中、失礼します。王室からです」

「え……、差出人は?」

「おそらくですが、この封蝋は第一王子様からではないでしょうか?」


 兄から? とレヴィンは小首を傾げた。

 過去をどれだけ辿っても、兄である第一王子のパトリックから手紙などもらった記憶がないからだ。

 結婚相手が変わっただけで、これほどに違いが出るものだろうか? と受け取った手紙を眺める。


「……本当だ兄上からだ……」

「仲が宜しかったのですから、きっとご心配されているのでしょう」


 セルジュがそう言って口を挟んだ。

 彼が言うように第一王子であるパトリックとはとても仲が良かった。上辺ではなく本当に仲が良かったのだ。 

 当然と言えば当然で、オメガである自分には王位継承権は無いし、歳も九歳ほど離れているため、兄から嫌われる要素が無かった。それなのに、どうして過去では一度も手紙を貰わなかったのかと疑問が過った――。


 朝食を終えたセルジュが、執務室へ向かう。それを見たレヴィンは彼を追いかけて、川の施工工事についてどう思っているのか聞いてみることにした。

 

「セルジュ!」

「はい、何でしょうか?」

「領地の話なんだが、川の施工は反対だと聞いた」

「……はい、出来れば今のままが良いと思ってます」


 やはり、思い入れでもあるのか、それとも愛人に会いに行く口実が無くなってしまうからなのか、川の施工工事はしたくないようだ。


「レヴィンに領地の件で心配させてしまい、申し訳ありません……」

「別に……」


 心配をしているわけでは無かったが、泥だらけで作業するセルジュが何だか可哀想に見えた。


 ――可哀想……? 〝氷狼(ひょうろう)の騎士〟の異名を持つ、このカタブツを? 


 可哀想などという単語は世界で一番似合わない男の顔を見ながら、心の中で失笑しつつ、「わざわざ呼び止めて悪かった」と謝罪したレヴィンは自室へ向かった。

 部屋に入るなり、兄からの手紙を開き、内容を確認すれば、王宮の現状報告と一緒にレヴィンの身体を心配する言葉が綴られており、つい涙腺が緩んでしまった。

 過去では結婚生活が始まったと同時に体を酷使され続ける日々で、誰かに心配されたことがなかった。

 王族とはいえ、城から出て配偶者を持ってしまえば王子などという肩書は意味が無いと分かっていたし、ましてや自分はオメガだ。

 皆が皆、王子だった自分を恥辱出来ることに喜び、楽しんでいた。何度も、やめて欲しいと叫んだし、逃げ出そうとしたが、その度に心がすり減っていった。


 ――前は、兄上から手紙なんてもらえなかったのにな……。


 もし、手紙をもらっていたら、レヴィンは迷わず兄に助けを求めただろう。

 過去と今回の違いが何なのか分からないが、結婚相手をセルジュにしたのは色々な意味で正解だったのかも知れないと思った。

 読み終えた手紙を綺麗に閉じ、今度は返事を書くための紙を引き出しから取り出し、元気にしていることや、男爵家での暮らしは思った以上に過ごしやすいことなどを書き、最後に〝兄上に会いたいです〟と綴った。

 書き終えた手紙をなるべく早く出したくて、執事の姿を探しに下の階へと向かえば、片付けの真っ最中だった。


「あー、仕事中にすまない。手紙の配達を頼めるだろうか?」

「畏まりました。町へ行くのは昼過ぎになりますが、宜しかったでしょうか?」

「ああ、構わない。それから、その手紙の返事が兄上から届いたら、城へ行くことになるが、いいだろうか……?」

「……何故、そのような確認を?」


 執事は不思議そうにレヴィンを見る。


「私はセルジュの伴侶なのだから勝手に領地を出るのは良くないだろう?」

「旦那様より、レヴィン様に不自由がないようにと仰せつかっております。ですので、そのような許可も確認も必要ありません」


 彼が寛大なのか、それともレヴィンに興味がないのか、好きなようにしていいとセルジュが思っていることを知り、何だか複雑な感情が湧いた。

 どちらにせよ、いつでも好きな時に城に行ってもいいと言われ、レヴィンは嬉しく思った――――。


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