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03❊乳母の娘


 翌日、結局セルジュは帰って来なかったようで、執事が朝の挨拶に来ると同時に領地の状況を教えてくれた。


「川の勢いが強く、もしかすると今日も戻って来られないかも知れません」

「そうか、分かった」


 嘘ではないことは分かっていた。昨日、自分の目で確認して来たし、彼の愛人も確認した。

 

 ――いや、元は彼女が〝妻〟だったのだから、愛人という呼び方は変か……。


 昨日は、彼女との逢瀬を邪魔してしまった気がして、屋敷に帰ってからも後味の悪い気分だった。

 それを拭い去るべく、レヴィンは河川の作業をしていた領民達に何か差し入れをするように執事に伝えた。


「私の予算から使ってくれ」

「レヴィン様、そのような気遣いは無用です。こう見えて、我がブラハーン男爵家は、どこぞの伯爵家よりも資金が御座います」


 実は驚くほどブラハーン男爵家は金銭的な余裕があった。

 自分が嫁いできたことで王家から破格の持参金を持たされたとはいえ、それを省いても、相当な資金力だった。

 執事の話によれば、セルジュの両親が早くに他界して爵位を譲り受けてからは、その身ひとつで戦場を駆け巡り、王妃の側近に上り詰めた。

 城から与えられる給金は手つかずで、領地内のことは執事であるマシューが任されてきたと言う。

 つまり、この執事がブラハーン家を支えて来たと言っても過言ではない。


「マシュー、昨日、セルジュが土嚢を積み上げていた場所はどういう場所なんだ?」

「はい、〝カナビス〟という植物を栽培しております」

「カナビス……?」


 あの辺り一帯で栽培している〝カナビス〟は様々な薬の緩和に使われる重要な植物で、適度な日光と大量の水が必要なこともあり、川の近辺で育てるが最も効率が良いらしく、昨日の場所が一番最適なのだと教えてくれた。


「なるほど、どうしてこの男爵家に、こんなに資金があるのかと思ったら……、そうか、そういうことか」


 嫁いで直ぐに割り当てられたレヴィンの毎月の必要資金は王宮に居た時の三分の二ほどだった。

 つまり、一般的な伯爵家よりも上で、かなり驚いたのを覚えている。おそらく〝カナビス〟が大半の収入源であり、領地を豊にしているのだろう。

 セルジュの活躍を考えれば、こんな辺鄙な農業地帯が領地だなんて、不公平なことだと思ったが、マシューの話を聞いて納得した。


「カナビスを育てたマシューのおかげで、この領地は豊なのか」

「恐れ入ります」

「セルジュは、金にも出世にも興味が無さそうだし、だから彼の分も私に全て割り当てたのかと思っていたけど、正当な配分だったんだな……」


 そう言ってレヴィンが微笑すると、コホっと咳払いをしたマシューが、「何かお考えですか?」と聞いて来る。

 なかなか鋭く、相手の思考を読み取るのも得意のようで、レヴィンはどう切り出そうかと考え、正直に話をすることにした。


「川のことなんだが、土嚢よりも効率的に何か対策がある気がしたんだが……」

「ええ、あるにはあります」

「例えばどんな物があるだろうか?」

「そうですね、川を途中で二つにわけて迂回させると言うのが最も効果的です」

 

 確かに、とレヴィンも納得するが、浮かない顔をしたマシューは、「ですが……」と言葉を続ける。

 

「旦那様が反対なさってます」

「そうなのか?」

「はい、川を施工すると、一時的とはいえ水が止められてしまいますので……」

「……そうか、それも納得だ」


 だが、川が氾濫すれば、その植物も無駄になる。難しい判断だとレヴィンも頭を悩ませた。


「意外ですね」


 不意に聞えた声は背後に居たカールからで、「何がだ?」とレヴィンが答えると、彼は不満げな顔を晒し、いくら施工に時間がかかるとはいえ、一年我慢すればいいだけのことで、あの辺りの管理をしている者達には別の仕事を与えればいいことだと言う。

 それも、そうだが、レヴィンは直ぐにピンと来た。


「あー……、マシュー、少し二人で話したいことがある」


 そう言ってレヴィンは、執務室へとマシューを引き入れると、カールに外で待っているように言いつけた。

 この執務室は必要最低限の物しか置いてない、奥にある鍵付きの部屋は帳簿が年代ごとに保管されており、マシューがどれだけ几帳面で用心深いかが伺えた。

 今年で五十歳を迎え、孫もいると聞いているが、大半をこの屋敷で過ごし、一年間に数十日ほど家族の元へ帰る日々を送っていると聞いている。

 そんな彼が、この部屋と奥の管理部屋の鍵を、嫁いで来たその日にレヴィンに手渡して来た。だから、恐らく隠し事などせず、聞けば全てを話してくれるだろう。


「レヴィン様、ご用件を」

「あ……、そ、そうだな、その……」


 ――何だか変な気分だな、あの愛人の話を執事から聞き出そうなんて……。


「昨日、セルジュが作業していた川の付近は、誰か決まった人間が管理しているのか?」

「はい、あの場所はセルジュ様の乳母だったマリアという者の家系が管理しております」

「乳母……、もしかして、娘がいるのでは?」

「はい、ブランカという娘がおりますが……」


 レヴィンの問いかけに不思議そうな顔をして見せる執事だったが、何を意図しているのかは理解してはいないようだった。

 執事とはいえ、セルジュの女関係までは知らないのだろう。だが、乳母の娘と言うなら、昔から交流があったと考えるのが自然だし、その過程で男女の関係に進んだとしても不思議では無い。


「何か気になることでも?」

「いや、たいしたことではない。セルジュが領民に紛れて土嚢を積み上げている姿を見て、何か理由があるのだろうと思っただけだ……」

 

 そう、それだけのことなのに、モヤモヤと何とも言えない気分になる。

 本人から聞くのではなく、執事から聞き出すような小賢しい真似をしたことで悪い事でもしている気になったのだろう。

 どちらにせよ、二人の関係は認めているし、自分に害が無ければ問題はないことだ。

 

「話は以上だ。領民へ差し入れを頼む」

「畏まりました」


 軽く腰を折ったマシューが執務室を出ると、入れ代わりにカールが入って来る。

 二つ並ぶ机の前でレヴィンは、「凄いなマシューは」と感心したように声をあげると、「領地のことですか?」とすかさず聞いて来る。


「盗み聞きしていたのか?」

「はい」


 盗み聞きに関して『はい』と堂々と返事をするカールに呆れながら、レヴィンは問いに答えるように頷いた。

 それにしても、改めてセルジュの周りはいい人材が多いと思う。それに比べて、一度目の人生も二度目の人生も、三度、四度――、数えるのが面倒なほどだが、自分の周りはクズばかりだった。

 だからと言って、今回の人生で過去の夫達に報復しようなど思ってはない。セルジュ以外とは、なるべく関わり合いにならないことが重要だと思うからだ。


 ――そう言えば……、カールを従者として連れ来てもいいと言われたのは今回が始めてだったな……。


 過去、いつも嫁いだ家の人間がレヴィンの従者になった。

 一回目の夫であるネイサンの時に、側使いとして選ばれた従者は、主人(ネイサン)のいない時を狙い、レヴィンを犯し続けた。


『王子様だったと言うのに、さすがはオメガですね。平気で俺のような男を相手して下さるのですから……』


 犯されている時に吐かれた言葉など、何とも思わなかったが、ネイサンの前で甲斐甲斐しく自分に尽くす姿を見る度に屈辱で身体が震えた。

 普段はネイサンの言いなりの、ただの小間使いに過ぎない男に犯されて喜んでいる自分の身体が疎ましくて仕方なかった。

 

 ――もし、今世で出会ったらアイツだけはこの手で殺してしまいそうだ……。

 

 ギっと下唇と噛みしめると、レヴィンは蘇りそうになる過去の出来事に蓋をした――。


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