49❊封印
数週間が経ち、五大陸を震撼させた出来事がようやく収まりつつあった。
今まで聖皇教会が五大陸を管理していたが、それが逆の立場になり、五大陸の代表国が月替わりで中央都市と教会を管理する形となった。
あの幻覚草はかなり広範囲で広まっていたようで、後遺症を持つ者も多いようだったが、自業自得だという結論に至り、国は保証しない方向で決まった。
自室でお茶を飲みながら、聖皇教会の今後の報告を聞いていたレヴィンは、「教皇って、可哀想な人だったな……」と憐みの言葉をこぼした。
それを聞いていたセルジュは同意するかのように頷くと、重々しく口を開いた。
「確かに生い立ちや、あの教会で受けた数々の虐待を考えると胸は痛みますね。ですが、やって良いことと悪いことがあります」
レヴィンの中では何だか子供のような人という印象が強く残っている。
言い回しを聞いている限り、大人たちの真似事で覚えたかのような話し方だった。
あの時、教皇がレヴィンの膝に顎を乗せて子供のような仕草を見せた瞬間、まるで親にお願い事をするような態度だったことを思い出した。とても成人した年上の男性とは思えなかったけれど、彼の過去を聞いて納得した。おそらく一度も、まともに愛されたことがないのだろう。
ふと、レヴィンはライナーとカトリーヌのことを思い浮かべた。おそらく処罰を受けたのは間違いないが、あの二人がどうなったのか聞いてなかったのでセルジュに尋ねた。
「カトリーヌは北の極寒の地にある修道院へ送りました。ライナー卿が全ての罪をかぶるという形で……」
それ以上セルジュの口は動かなかった。
――罪をかぶるということは処刑されたのか。
それならば、本当に自分は二度とあの〝誓の間〟に戻ることはないのだろう。ふと、カトリーヌの言っていた言葉が脳裏を掠めたが、レヴィンはそれらに蓋をした。
セルジュは一瞬のためらいを見せたあと、懐から書状を取り出し、「戴冠式ですが、本当に断っていいのですか? おそらく今回は式を見に行っても大丈夫なのではないでしょうか……」と言って招待状を机の上に置いた。
「いいんだ。兄上からもしばらく休息が必要だって手紙が来たし、だから見に行かない」
あの話を聞いてしまったせいで、兄と対面しても普通に接することが出来ない気がしていた。せっかくの祝い事なのに、ちゃんと祝えないのは申し訳ない。
それに……、とレヴィンは立ち上がるとセルジュの腰へと跨る。
「えっと……」
自分からこんなことをしておいて、恥ずかしがるなど馬鹿みたいだと思いながら、そっとセルジュの耳元に唇を寄せて、「翌日は発情期なんだ……」と囁いた。
「あ……、ああ、そうでしたね」
「私の発情期の相手は大変だと思ってたが……」
日頃の化け物じみたセルジュの体力を思い出し、こちらの方が大変だと含み笑いをした。
続きの言葉がレヴィンから吐き出されるのを犬のように待っているセルジュを見つめ、どうしていつも、こんなに従順なのかと謎だが、「私の方が大変だな」と伝える。
「それは仕方ありませんね。あなたの乱れる姿を前にすれば、神であっても理性などなくなるでしょう」
照れるでもなく言い返してくる態度を見てレヴィンは呆れた。
そもそも過去では聖人君子のような男だったのに、あんなに荒々しく情欲をぶつけてくるとは思いもしなかった。
ただ、理性はしっかり残っているようで、ふとした時に荒っぽい手つきになりそうなのを我慢している様子を見る度に、「我慢しなくてもいいのに……」と思う。
「何をですか?」
「あ、何か言ったか……」
「我慢しなくてもいい、と」
うっかり口に出ていた言葉を拾われて、返す言葉が見つからない。
以前は、こういう抜け目ないところが気に食わなかったが、今は自分の話をひとつも取りこぼさない彼を見ていると妙に安心を覚える。
「気にしなくていい」
レヴィンはそのままセルジュの筋肉質な肩に顎を乗せた。
――もう、私は二度と〝あの場所には〟戻らない……。
あの〝誓の間〟に戻る度に、脳内の細胞が欠けて自分の大切な物が失われて行くような感覚だった。
セルジュと結婚したあの時の〝死〟は神をも恨んだし、あの時ほど絶望を感じたことはなかった。
それもそうだろう、セルジュに殺されていたなんて勘違いをしていたことを最後の最後に知り、それを悔みながら死んだのだから。
「セルジュがセルジュで良かった……」
「なんですか、その謎かけは」
きっと、この男には、自分が何故そう言ったのか永遠に分からないだろうなと、くすっと笑みをこぼした。
「レヴィン……」
セルジュの指が髪をなでてくる。甘い声は腹の奥へと届き、その声が身体をじわじわと蝕んでくる。この男が与えてくる病魔ともいえるこの甘い熱は危険だった。
流されてしまう前にセルジュの膝から素早く降りると、「早く仕事に戻れ」と冷たくあしらった。
彼が渋々出て行ったのを見届けると、レヴィンは机の上にある書状を見つめ、兄のことを考えた。
――きっと立派な国王になられるだろう。私のことなど、何かの気迷いだったのだ……。
書状を手に取り、それを机の引き出しへ入れようとした途端、薄れた過去が不意に舞い戻ってきた――。
『兄上、たすけて、僕、身体が……』
『レヴィン……、気を楽にして、この薬を……』
『やだ、やだ……』
――発情期……。
今までどうして忘れていたのだろう。散歩中に発情期が来て混乱したレヴィンに薬を飲ませようとした兄が大量の誘惑香を吸い込んだ。
身体の奥に宿る野獣を飼いならしながら、必死でレヴィンに薬を……、ああ、そうだった。口移しで飲ませてくれたのだ。
薬を飲ませてもらった記憶を思い出したレヴィンは、兄はあの時の出来事が衝撃で、レヴィンへ向ける家族愛を異性に向ける愛と取り違えたのだと思った。
――そういえば、私もしばらくは、兄上にべったりだった……、確かあの時、何か兄上にお願いごとを……。
自分が兄に何を強請ったのかを思い出し、鼓膜にビリビリと雑音のような耳鳴りがした。全てを思い出したレヴィンはゴクリと喉を鳴らした。
『また、発情期が来たら兄上が助けてくれますか?』
珍しく兄は狼狽えていたが、いつでも助けてやると力強く言ってくれた。それが嬉しくて、兄と一緒なら何も怖くないと思っていたし、ずっと一緒にいたいとさえ思っていた。
確かに、あの時、歪な愛情が自分にも芽生えかけていた気がする。けれど、その芽が芽吹くことはなかった。理由は、その後すぐに母上から婚約者選びの話を受けたからだ。
〝よく聞きなさい、あなたの婚約者選びを十歳の生誕式に行います。いいですか、最も従順なアルファを選びなさい。〟
母である王妃はとても怖い顔をしており、子供だった自分は逆らうことも出来ず、誓の間で婚約者を選ぶことになった。
なぜか、あの婚約者選びの日から、兄は自分と距離を取るようになった気がした。
どちらにしろ、幼い頃の出来事だ……、とレヴィンは記憶の断面を片付けながら、机の引き出しを閉じた――――。
~メビウスの廻廊~END.
oOo。.あとがき.。oOo。
予定より物語が長くなってしまいました。
いつもなら、一気に書きあげるのに、何度も見直したりして、一話まるっと書き直したり、割と苦労した感があります。なので、ループ品はしばらくは遠慮したいと思います。
結局、レヴィンは〝誓の間〟に戻されるを繰り返しているうちに、それ以前の記憶が曖昧になってしまったんですね。
初めての発情期は九歳でしたので、その時にレヴィンも兄に特別な感情を抱いたのですが、王妃の画策によりレヴィンの育つはずだった兄への恋心は見事に砕けました。
そっちのルートもスピンオフで書いてみようかと思ったのですが、まあ……、間違いなく兄弟二人ともカトリーヌに殺されちゃうルートしか見えないので、書くまでもないかなと思いました。
とにかく、皆様に少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
では、また違う作品でお会いしましょう♪




