46❊中央都市へ
肩を落としたカトリーヌを支えたライナーが、こちらを一瞬だけ見ると、無言でその場から立ち去ろうとする。
「ライナー! 何処へ……」
そう声をかけた時だった。真っ白なローブを着た聖職者と思われる人間が部屋にずかずか入ってくる。
「これが……稀有なオメガか……」
目の前にいる男たちがレヴィンの身体を愛でるように隅々まで視線を動かす。
その眼差しを懐かしく感じた。何故なら過去のレヴィンの伴侶たちとまったく同じ目をしていたからだった。
オメガを弄び凌辱することに喜びを感じる人間は、どういうわけか皆同じ目をしている。聖職者の皮を被った薄汚い放埒者のにやけた顔を見上げ、レヴィンはぎゅっと唇を噛みしめる。
――大丈夫、セルジュが助けに来てくれる……。
呪文のように心の中で自分を励ますが、「連れて行け」と冷たく言い放つ男の声を聞いた途端、どうして当然のようにセルジュが助けてくれると思っているのか、と甘えた思考を振り払った。
こんなことくらい自分で対処すべきだと思ったレヴィンは、「触るな」と恐怖に怯えながらも抵抗を見せた。
誰にも触れられたくなかった。
過去の堕ちるところまで堕ちた自分の姿が蘇る。発情して相手に縋りつき、何度も自ら強請り、崩落した人生を歩んできた姿の欠片が次々と合わさっていく。
誰の手か分からない手がレヴィンの腕を掴み、「早く何か包める布を」と叫ぶ。必死に身を捩ったが、結局は分厚い布地に全身を包まれ、抵抗が出来なくなった。
ふわりと持ち上げられ、何処かに運ばれるような感覚のあと、ドンと何処かに降ろされた瞬間、痛みが腰から全身に走り抜け、思わず口から呻き声が出た。
「おい、丁寧に扱え」
「分かってる」
男達の短いやり取りのあと、車輪の振動が身体に伝わってくる。自分は馬車の荷台に乗せられていることが分かった。
「おい、大丈夫か……」
身動きしないレヴィンを見て不安になったのか、自分を覆っていた布が外され、少し呼吸が楽になったが、今度は眩しい光が視界を襲い、レヴィンの目の前が真っ白になった。
視界が色を取り戻した瞬間、こちらを覗き込む男の姿が見え、ぞわりと背筋にうじ虫が走るような感覚に陥る。
「こうしてみると、まるで精巧な人形みたいだな……」そう言いながら無骨な男の手がレヴィンに伸びてくるが、もう一人の男が静かに声を出した。
「やめておけ……、そのオメガを連れて行くだけで、いつもの数十倍の葉巻がもらえるんだ。傷がついたら価値が下がる」
二人のやり取りを聞きながら、自分は何かの取引に巻き込まれているのだと察した。
交渉をした方がいいのだろうか……? と思ったが、彼達の目的が金ではないことは明らかだった。とりあえず、「何処へ向かうのだ」と目的地を聞いた。
「中央都市に行く……」
「私はどうなる……?」
男達は顔を見合わせて、下卑た笑顔を見せる。
「オメガがどうなるか、そんなこと聞く方が間違ってるぜ?」
「う、売られるのか?」
取引をするつもりなら、レヴィンを何処かに売るつもりなのかと男達に聞いたが、二人はにやけた笑いを見せるだけだった。
――中央都市……、そういえばカトリーヌ嬢が言っていた、教皇閣下に渡すと……。
レヴィンはようやく自分が何処へ運ばれているのか自覚した。
このまま教皇閣下の元へ行くのだということは分かったが、けれど何のために? と疑問に思った。
こんな拉致同然のことをしなくても、普通に呼び出せばいいだけのことなのに、とレヴィンが考えていると、セルジュが以前言っていたことを思い出した。
――教皇の所に頻繁に出入りするカトリーヌが何かを持って帰っていると言ってた……。
つまり、カトリーヌも教皇と何か取引をしたのだと思った。
それに教皇がレヴィンに興味があるとセルジュが言っていたことを考えると、自分は教皇にとって強硬手段に出るほど興味をそそられる存在なのだろう。
取りあえず、聖皇教会へ行くことになるなら、そんなに酷い目には遭わないはずだと、一旦、気持ちを落ち着けた――――。
途中で小さな町に寄ったが、レヴィンは拘束されたまま飲み食いをさせられた。男たちはレヴィンを殺すつもりがないだけで、扱いはまるで家畜同然だった。
数日かけて中央都市に辿り着くと、行き交う人の声と足音に興味をそそられ、華やかな街並みを被せられた布地から覗き見た。
五つある大陸の中心都市なだけあり、規模も桁外れだったが、何よりも初めて見る教会の建物がこれほど立派だとは思ってもなかった。
荷台から見上げるその建物は、神聖な建造物というよりも異質な物に見えた。門前までくると護衛の兵士らしき人間が、「汚い荷物はここまでだ」と荷台を止める。
「汚いだと?」
「君たちは正式な聖職者じゃないだろう!」
言い合う声を聞きながら、今なら逃げられるのでは? と門の外を見る。
荷台から降りることさえ出来れば、通りすがりの街の人が助けてくれる気がして、痛みが走る身体を必死で動かした。
縛られている両足で荷台の木の板を押すと、板がパタンと地面へ落ちる。
――外れた……、そこから滑り下りれば……。
レヴィンは、そのまま身体をくるくると回転させ、荷台から降りようと試みたが、「いけませんよ」と柔らかい声がこちらの動きを制した。
声の主を確認すると、蒼白の肌に真っ黒な髪を持つ小柄な人間が、手を前で組みながら微笑んでいた。
男性なのか女性なのか分からない顔立ちをしているその人物は、「さあ、解いてさしあげましょう」と言って、レヴィンを荷台から下ろし、地面に立たせると拘束を解いた。
「ああ、可哀想に……、血が滲んでます……」
こちらの腕を持ち上げて、縛られて赤く跡が残った箇所に頬擦りしてくる。
その姿に言いようのない不気味さを感じて、「は、離してくれ」とかすれた声で抗議した。
「まったく、あなたを傷付けないようにとあれほど言ったのに、何を聞いていたのでしょうね」
目の前の人物はジロっと、自分を連れて来た門前にいる男達へ目を向けた。
この人はもしかすると、いや多分そうなのだろう、レヴィンの口から、「教皇閣下……」と水が流れるように言葉が出ていた。
「よく分かりましたね」
教皇はグンッとこちらに顔を近付け、「口をあけなさい」と言う。
「な、なぜ?」
彼は掌を横へ差し出すと、そこへ背後から現れた聖職者のローブを着た男が小瓶を置いた。
黄色く濁った液体を持った彼は、それを口に含むと、レヴィンの顎を掴んだ。咄嗟にぐっと歯を食いしばり、教皇から顔を背けようとしたが、温厚に見える彼の三日月目がひゅっと細くなり、無理矢理唇が押し付けられた。
断固としてレヴィンは唇を固く閉ざしたが、顎を抑えられてしまい勝手に唇が緩んでいく、その隙に、どろりとした液体が自分の口内に広がった。
得体の知れない気持ち悪い液体と共に、教皇の舌がレヴィンの舌に絡まり、怖気が走った。
誰の許可を得て触れている! 自分に触れていいのはセルジュだけだ! と彼を突き飛ばしたい。けれど、それが実行されることはなかった。
「さあ、気を楽にして……」
頬に柔らかく生っぽい物が触れると、その感触を最後にレヴィンは身体が浮くような感覚に落ちた――――。




