44❊自業自得
ぴちゃぴちゃ水音が響く。
微睡の中にいたレヴィンは薄っすら目を開けた。薬草なのか何なのか、咳き込みそうな苦い空気に喉が痛む。
それだけなら良かったが、手も足も縛られている感覚がして、ぎゅっと力を入れてみるが解けそうにない。
――ここは何処だ……。
どうして自分はこんな所にいるのか理解できなかった。確か城下街で女の話を聞いていたはずだ。
それと、一緒に居たブランカとカールはどうなったのだろう。レヴィンは急激な焦燥感に駆られ、確認のためしっかりと目を開けて辺りを見回した。
目を凝らして辺りを窺うが一向に何も見えてこない。目が暗闇に慣れてないという理由ではなく、部屋の中に煙が充満しているせいなのだろう。薄い靄の中にいるような感覚にレヴィンは、ハァと小さく息を吐いた。
――自業自得だな……。
セルジュの公務が終わるまで、部屋に閉じこもって居れば良いのに、あの出来事が脳裏を掠めるのが嫌で、最近では城下街を出歩くことが日課になっていた。
あれは一ヶ月ほど前のことだ。通路の角を曲がる時に聞いた侍女たちの話、あれがレヴィンの中で根強く残っている。
『陛下が、私の名をお聞きになったの』
『それ本当?』
『ええ、本当よ私を気に入って下さったのかも……、もしかしたら側室に選ばれるかも知れないわ』
側室という言葉よりも、セルジュが名を聞いたということの方が気になった。
側室制度は設けなくとも気になる女がいれば声をかけ、一晩くらい遊んだりすることくらいあるのでは……、とその疑念がどうして消えない。
――私だけだと言ったじゃないか……。
どうして信じることが出来ないのかと自己嫌悪に陥った時、ふとセルジュの言葉が頭を過る。
あの時、側室の話はでたらめで、気に入らないなら侍女全員を総入れ替えすると言った。
嬉しかったけれど、本当は聞きたかった『どうして侍女の名を聞いたのだ』と、素直に聞けば良かったのに、レヴィンはあることを思い出してしまったのだ。
国王陛下である父親が侍女を呼び止めて名を聞き、その日のうちに寝所に呼んだことを……、その話を聞いた王妃が、ぎりぎりと拳を握りながら耐えるその姿をレヴィンは何度も見ている。表情は嫋やかを保ってはいたが、内心穏やかではなかった母の姿が思い浮かび、それが今の自分と重なった。
――臆病だ……。
セルジュから少しでも疑わしい態度が見え隠れしようものなら、自分の心が耐えられそうにない。それこそ、癇癪を起こしてカールや他の者に八つ当たりしかねない。だから、出来るだけ城に居たくなかった。
丁度ブランカから侍女達の間で流行っている〝まじないのアンクレット〟の話を聞いたのもその時だった。
『色々な効果があるみたいですよ』
『効果?』
『例えば安眠だったり、頭痛や身体の痛みを和らげたり、あとは恋が成就する物もあるそうです』
最初はそんな物に興味はなかったが、近頃は寝つきが悪く、ふと起きてしまうことが増えていた。
そのたびに横にいるセルジュも起きてしまうので、何だか申し訳ない気持ちになった。だから〝アンクレット〟に興味を持ったのも本当に些細なことだったのだ。
城下街に行けば、華やかな店が沢山並んでおり、お目当てのアンクレット以外にも興味をそそられた。
珍しい渡り鳥の羽で作られた装飾品や、自分の国でも見ることのない変わった品々に視界が楽しい。それに身分を偽っていても皆分かっているのだろう。
親切に説明してくれる誠意を汲み取るうちに、つい、城下へ出かける癖がついてしまった。
本来ならもっと気を付けるべきだったのに、自分に危害を加える人間などいるわけがないと安心していた。だからだろうか、いつも露店は見ないのに今日は立ち止まった。
金細工を売る女の店で、大通りに店も構えていると教えられ、ここにある物以外にも様々な金細工があると教えてくれた。
『これアンクレットなのか……?』
『さようでございます』
『綺麗だな……』
アンクレットと説明を受けた品は金の細工が巧妙で、他の店で見た物より遥かに美しかった。
小さく削られた宝石がいくつも鏤めてあり、草原、淡い薔薇、鮮やかな太陽、それらを連想させる色とりどりの宝石を見つめていた時だった。
『殿下!』
それはブランカの声で、瞬時に身体は彼女の方へと反応したものの、一瞬で視界が白くなり、何が起こったのか分からなかった。空気中を舞う何かを吸い込んだ瞬間、突き刺すような喉の痛みでレヴィンの思考は遮断された。
気を失うまでの出来事を思い返しながら、冷静に現状を考える。
――とにかく、私だと分かっている人間に襲われたのだろう。
要求は何なのだろう。国に関わる権力争いなのだろうか? この国は隣国に比べれば歴史のない新しい国だ。もし、権力に関わることなら内政の誰かの差し金なのか……? だが、セルジュに反感を持ちそうな人間があの城にいるとは思えない。
だとすれば、個人的な恨みを自分が買ったのか、という結論に行き着く。
「目が覚めましたか」
急に男の声が聞えてきてレヴィンは身を震わせた。恐怖で喉奥が締まり、息苦しさを感じるが、「……誰だ」と絞り出すように声を出した。
「高貴な御方に名乗るほどの者ではございません」
のらりくらりとした男の言い方が癪に障った。
「何の目的だ」
「さあ、私は雇われただけですので……」
誰に雇われたのかと聞き出す前に、遠くから女の泣き声が聞こえてくる。一瞬ブランカなのかと思い、「私の連れをどうした」と男に向かって聞いた。
「ご安心ください。別の場所で眠っております。目的外で死者が出ることはありません」
「目的……」
男の足音が近付いて来るのだけは分かるが、どの方向からやって来るのか分からない。
何故か何度も死んだ記憶が蘇る。戴冠式ではなく、もしかして今日〝死ぬ〟のではないだろうかという恐怖に襲われる。
――ライナー……?
もし、ここで〝死ぬ〟のであれば、近付いて来る男はライナーなのだろうかと思うが、先ほど聞いた声は聞いたことのない声色だった。
レヴィンは懸命に目に力を入れて人物が鮮明になるのを待っていると、足がぼんやり見えてくる。徐々に姿が鮮明になってくるが、見たこともない男だった。
何の目的なのか分からないが、「私をずっと狙っていたのか?」とレヴィンは重々しく尋ねた。
「まあ、平たく言えばそうです。こんなに早く実行に移せるとは思ってもみませんでしたが……」
彼は手に持っているアンクレットをくるくる回した。それを見て、「もしかして城に仲間がいるのか」と聞いて見たが彼は無言のまま微笑した。
それにしても、この男は誰に雇われたのだろうか、と彼の背後にいる人物を探ろうとした時、「もう少しだけ眠って下さい」と言われ、露店で嗅いだ香りが自分の鼻孔へと潜り込んだ。
意識を絶つまいと懸命に目をこらしたが、レヴィンはあっさりと闇の中へ沈んでいった――――。




