42❊側室?
それから数ヶ月、何事もなく平和な日々を送っていたが、ここ数日、明らかにレヴィンの様子が変だと感じることが増えていた。
妙に甘えた態度の時もあれば、いつものように猫の如くツンと耳を立てて威嚇して来る時もある。
どんな時でもセルジュには可愛らしく映るので、大した問題とは捉えていなかった。
けれど、不穏な空気は一向に収まらず、一体何があったのか? と首を傾げる日々を送っていたある日、ニクラウスが口を開くなり尋問してくる。
「陛下、何しでかしたのです」
「何もしてないのだが……」
何やら側室を設けるという話が侍女の間で話題になっていると言われて、どういうことなのかとセルジュも驚く。
「そんなこと一度も考えたことなどないし、必要はないが?」
「ですが、噂になっているとレヴィン殿下が確認に来ましたよ……、まさか、侍女に一夜の相手をご所望されたりしましたか……?」
馬鹿なことを言うニクラウスに、お前じゃあるまいし、とセルジュは皮肉を込めて言い返す。
けれど、このところレヴィンの様子がおかしかった理由が、ようやく分かり、これは話し合いが必要だと思った。
歩き進めていた足を止め、急いで彼の元へ行こうとしたが――。
「陛下、どちらに行かれるのです」
「レヴィンの所に」
仕事が終わってからにして下さい、とニクラウスに切実にお願いされ、セルジュは仕方なく踵を返した。
渡り廊下を歩き進めていると、いつもは気にしたこともなかった侍女達の視線に気が付く。
彼女達の目線と交差する度に、熱のこもった目で見られ、セルジュは背後を着いて来るニクラウスに、「お前を見ているんだよな?」と確認した。
「違いますね……」
「どう対応するべきなんだ……」
「無視でお願いします」
どうしてこんな事になったのか、さっぱり分からないセルジュは困惑したまま政務室へ入った。
政務官たちが各自の仕事をする中、机の上にある書類をひとつ手に取る。現在、一番大きな問題は教会だが、軍事要請も多く寄せられていた。
近隣の友好国ならいざ知らず、大陸を挟んだ国へ加担は出来ないと返事を返したが、諦めきれない国から贅沢な贈り物が次々と届いていた。
「困ったものだな、全部送り返せ」
「ですが陛下、こちらはレヴィン殿下に届けられた品です。こちらも返していいのですか?」
セルジュでは埒が明かないと思ったのか、レヴィンへの贈り物が届くようになったようで、政務管理官が困った顔を見せる。
「それも送り返せ」
そもそも、レヴィンが身に着ける物はセルジュが認めた物だけであり、おかしな国の毛皮や宝石など着けさせるわけがない。
断ってもしつこく書状を送って来るあたり、よほど大きな争いに発展していることが窺えた。
西隣に位置するロースマイン大陸は八つの国が存在するが、現在進行形で全面戦争中だった。
海に面したカンダコフ王国が所有する海域で取れる真珠が火種だという話だが、どの国の王も本当に欲深いなと、色々な意味で感心する。
セルジュ達の大陸は金鉱山や炭鉱山などを含む険しい山と森に囲まれた大陸だ。だから基本的に加工技術のある国が一番栄える傾向にあった。
新しい資源を求めて険しい山や森林の探索に人員がいくらいても足りないのだから、よその問題に首を突っ込んでいる場合ではなかったが、ふと気になったことを聞いてみる。
「真珠の価値はどれほどある?」
「十粒で金貨百ほどです」
「それは取り合いになるわけだ……」
それにしても、真珠がどうしてそんなに高額なのかが疑問だった。
ニクラウスに真珠の価値の理由を尋ねると、ある国の女王がドレスの装飾に使ったのが原因だと言う。
「そのドレスが見事なものだったようです。真珠自体あまり獲れる代物ではありませんし、だから富の象徴みたいに崇められるようになったみたいですよ」
それも流行りが終われば簡単に暴落するのだろうな、とセルジュはつまらない話に蓋をしようとしたが、ニクラウスが、「我が国も参戦しますか?」と軽い口調でそんなことを言う。
「レヴィンが欲しいというなら」
これは冗談で言っているわけではない、と言葉を付け加えた。それを聞いていた周りの政務官が顔を青くさせたが、ニクラウスだけはにっこり微笑む。
「レヴィン殿下は欲しがりませんよ」
確かにな、と頷いた。レヴィンはどちらかというと贅沢な物より、使いやすい物、着やすい物を好む傾向にある。
だいたい着飾った所で着ている衣類の方が霞むのだから意味がない。きっと真珠のドレスを着た女王の横にシャツ一枚の姿でレヴィンを立たせても、決して引けをとらないだろう。
セルジュは贈り物が積まれている木箱へ目をやり、自分が何か言うのを待つ政務官たちに、「とにかく、贈り物は謝罪の言葉も添えて返しておくように」と伝えた。
一先ず、目先のことを解決したセルジュは、「少し席を外す」といって政務室から出ようとした。
けれど、軍事を任されているブラウンという男が、「少しお話しが」と口を開く。何かあったのかと聞けば、ここでは話せないと言う。
仕方なく、足の向きを変え、「では、奥の部屋へ行こう」と言ってセルジュは自分が使う執務室へ移動した。
「それで、話とは?」
「ルイスの件です」
太刀筋がレグメント侯爵に似ていることから警戒をしていた男の名が出たことで、一緒についてきたニクラウスの表情が曇る。
何か事件を起こしたのかと聞けば、王城務めを辞めたいと言ってきたという。
「それで、本人はどうすると?」
「城下にある薬師の店主の手伝いをすると言ってます」
騎士をやめて城下の薬師の元で働くという動機がどうにも不自然で、その理由を尋ねた。
どうやら、その薬師の息子は騎士として城務めをしており、ルイスと同じ部隊に配属されていたという。先週、金鉱山の探索に出た際、その息子が命を落としてしまい、その責任を感じて店を手伝うと言っていると説明を受けた。
「彼は監視から外しても問題はないでしょうか?」
「そうだな」
セルジュは納得したが、ニクラウスはそうではなかったようで、「亡くなった騎士の遺体はどうした?」と聞く。
当然、戦死墓地に埋めたと軍事官のブラウンはそう言ったが、ニクラウスから、「刺し傷などはなかったのか」と鋭い声があがる。
「確認はしておりませんが、落下事故でしたので、刺し傷などあるわけが……」
軍事官のブラウンは真っ青な顔になり、すぐに遺体を掘り起こして調べますと執務室を出て行った。
「ルイスがやったとでも言いたいのか?」
「落下事故であれば刺し傷があるのはおかしいですから、念のためです」
用心深いニクラウスにしてみれば、そのくらいのことは調べるのが当たり前なのだろう。けれど、流石に考え過ぎなのではないかと思った。
そもそも、薬師の手伝いをする時点で、セルジュのことも、レヴィンのことも監視出来なくなる。
「考え過ぎだ、彼は責任を感じて行動を取ったに過ぎない」
「だと良いのですが」
依然、厳しい目つきを見せる彼に、この件はお前と軍事官に任せると伝え、セルジュは急いで執務室を出た――――。




