41❊明日国へ帰る
少し休憩をするついでに、レヴィンをお茶に誘うつもりで中庭へと向かう。その途中で一人の侍女とぶつかった。
「も、も、申し訳ありません」
「いや……」
髪が光の角度によってレヴィンの色に似ており、セルジュはその髪を撫でるように見つめた。
「名前は」
「イルダです」
「城は長いのか?」
「いえ、一年ほどです」
特に際立っているわけでもない普通の女だ。
セルジュにとって美しさの基準がレヴィンなだけに〝美〟に関して言うなら誰を見ても同じような顔にしか映らない。単純に髪色が気になったから名を聞いただけのことだった。
「陛下……」
侍女が声を発すると同時に頬が染まるのを見て、名を聞いたことが困らせた行動だったことに気が付き、セルジュは無言で立ち去った。
ふと、先ほどの女の様子を見て過去の剣士時代のことを思い出した。
修練中の剣士達を見学に来る令嬢が意外と多く、差し入れで様々な物をもらったが、セルジュが無愛想なせいで令嬢達は困り果て、赤い頬を両手で隠すと走り去ることが多かった。
どの時代を遡っても、女と心を通わせた記憶がない。唯一といえるのはブランカだけだろう。
ただ、それも妹のような存在で、幼い頃から顔見知りだったことを考えると、当たり前のような感情だったのかも知れない。
彼女の母が病で倒れ、義父から望まない結婚を強要されていると聞き、それならと、過去では自分が結婚したが幸せにしてやれたかは謎だ。
どちらにせよ、自分が女に対して冷淡なのは今に始まったことではなかった。
「あ、セルジュ!」
呼ばれた声に反応するように顔を傾ける。二人並ぶ姿を直視した後、「今からお茶を飲みに行きませんか」と誘った――。
セルジュはティーサロンで兄弟二人を観察する。信頼、安心、そういったものが交ざり合ったレヴィンの顔を見れば、本当に兄が好きなのだろうと思う。
「陛下、私は明日国へ帰ることにした」
「そうですか、たいしたもてなしも出来ず申し訳ない」
思ったより早くパトリックが国に帰ってくれることに内心ほっとした。
彼からしてみればレヴィンに不自由がないかを確認したかっただけなのだろう。少しでも不便があれば連れて帰るつもりだったのかもしれない。
それと、教会の話も聞かれるのを分かっていて、昨夜セルジュを誘ったと判断するべきだった。
我が国を裏切るつもりもなければ、教会を煙たい存在として見ているのなら、今後は互いに協力した方がいいだろう。
「兄上、今度はいつ……」
レヴィンはそこまで口にしたが、過去の戴冠式を思い出したのか、ハッとした顔を見せる。上手く言葉を紡げないようで、しゅんと顎を引いた。
セルジュは軽く頭を振り、「レヴィン、義兄殿は忙しい身なのだから我儘は言ってはいけない」と言葉をかけると、こくりと頷いた。
「そうだな、私もこれから忙しくなるから、遊びに来る約束は出来ないが、レヴィンさえ良ければ、サバトルド王国にいつでも帰っておいで」
パトリックの言葉に反論が出そうになるが、それを何とか噛み殺し、セルジュは大人しく二人のやりとりを見守った。
過去を合わせれば、二人で一緒にいるところなど数百回以上見てきたが、自分の立場や気持ちが変わると、こんなにも不快な場面なのだと思い知る。
他愛のない会話、その会話から読み取れる情愛、それは何もパトリックだけではなくレヴィンからも感じる。
――レヴィンの心には家族愛以外はない……。
ただ、一歩間違えれば兄弟で愛し合うことになっていたかも知れないのだと思うと複雑だった。
少なくとも王妃が近親婚を許可していたら、躊躇いながらでもレヴィンはパトリックを受け入れた気がしてならない。
「そんなに飲んだのか?」
不意にレヴィンに声を掛けられ、何の話だろうか? と首を傾げていると、どうやら昨晩飲んだワインの話だった。
ボトルを五本ほど空けたと聞いて、彼は驚いているみたいだった。
「俺は酒には酔いませんから、基準がよく分かりません」
「そうなのか、ふぅん……」
この後、あれだけ飲んだのに寝所で一緒に過ごしたことをパトリックに指摘され、情事を知られたレヴィンは顔を真っ赤にした。
当然だが、その後レヴィンの機嫌が悪くなり、しばらく寝所を別にする宣言をされたセルジュは、パトリックに早く帰って欲しいと本音を言った――――。
秋風が舞う中、セルジュは正門で待ち構えた。
パトリックが帰国の準備を終え、豪奢な馬車に乗り込むのを心待ちにしていると、ニクラウスに気持ちは分かるが、態度に出過ぎていると忠告を受ける。
「どんな態度だ」
「早く帰れ、という怨念を感じますね」
それなら間違いないと苦笑する。
兄弟がいない自分からすれば、彼らの密着度は親密すぎて、あちらの方が夫婦なのではないかと思えてくる。
今生の別れのように、ぎゅっと抱き合う二人の姿を見つめながら、こんなことで苛立ちが募るのは自分が捻くれているのだろうかと悩む。
別れの区切りが付いたのか、パトリックがこちらへ視線を移すと、「それでは陛下、今後とも宜しく頼む」と笑みを浮かべた。
「ええ、こちらこそ」
パトリックが馬車へ乗り込むのを見ていたレヴィンが、自分の隣で寂しそうな顔をする。しばらくして馬車が動き出すと、セルジュの腕に掴まっていた手にきゅっと力が入った。
「いつでも会えますよ」
慰めの言葉をかけたが、それが宥めるためだけの言葉だったのか、心の底から出た言葉なのかは自分では分からなかった。
まだ発表前だが、そろそろ戴冠式の件が浮上してくる頃だ。彼も国を長く留守に出来る立場ではなくなる。レヴィンもそれを分かっているから、そんな顔をしているのだろう。
いつまで経ってもセルジュの腕から離れない彼の手を自分の掌で包み、「レヴィン」と優しく声をかけた。
「分かってる。戴冠式には行かない」
そんな釘を刺すつもりは毛頭なかったが、ライナーを見て何かを感じたのだろうか。レヴィンは馬車が見えなくなったあとも、馬車の残像を追うかのように城から城下へ続く道をじっと眺めていた――――。




