38❊パトリックの訪問
実りの秋が過ぎ去ろうとしてる気配を感じながらセルジュはレヴィンと二人、このまま何事もなく幸せに暮らしたいと願う。
けれど、セルジュの切実な思いを切り刻むかのようにパトリック王子が城を訊ねて来た。
事前に連絡をもらった時、どうやって断ろうかと頭を悩ませ、いっそレヴィンと二人で旅行にでも出かけようとしたが、ニクラウスに阻止された。
「兄上!」
「レヴィン」
パトリック王子の胸に飛び込んでいくレヴィンの姿に、耐えがたい妬心が湧く。
彼だって実兄の本当の気持ちを知ったのなら、そんなふうに飛び付いたりしないはずだ。いっそのことレヴィンに兄の秘めた思いを打ち明けてしまおうかと考える。
その途端、つん、とニクラウスがセルジュの脇を突っつき、「我慢してくださいよ」と小声で言う。まるで自分の心を見透かしたかのような忠告に目を細めた。
こんなに我慢しているというのに、これ以上我慢しろと? と目で訴えれば、今度は咳払いをしてくる。仕方なくセルジュは懸命に作り笑いを顔面に貼り付けた。
パトリックの手がレヴィンの細い腰に回るのを睨みながら、じっと耐えていると、ようやく彼の視線がこちらに移った。
「陛下、訪問を快諾してくれて感謝する」
「いえ、とんでもない。義兄弟なのですから、気軽にセルジュと敬称なしにお呼び下さい」
「いや、陛下の方が身分が上なのだから、それは遠慮させて頂く」
昔から肩書にはうるさかった男だ。本来なら、自分より立場が上ということ自体気に入らないだろうに、とセルジュはパトリックを見据える。
それにしても、随分と国王陛下に似てきたと思う。黄金の髪に、同色の黄金の瞳、物怖じしない態度は言うまでもないが、決して無礼な態度は示さない。
――いつか、その仮面を剥いで見たいものだな……。
ふと、パトリックの背後にいるライナー・ミロイ・ガイアスが目に留まる。
今の彼の姿は、あの時計塔で見た彼と遜色ないはずだが、どこか顔つきが違って見えた。
――あの時は、もっと、やつれていたような気がしたが。
虚ろな目をした彼が銃を構えていた時のことを思い出し、もしかすると、あの時は病に侵されていた可能性もあるのかと疑う。
どちらにせよ、戴冠式までまだ一年はあるが、セルジュのせいで色々な出来事が変わってしまっている今、彼への警戒は常に持っていた方がいいだろう。
レヴィンが一瞬だけ彼を見たが、動揺はしてないようで、こちらに軽く目配せをしてくる。意思の疎通を図っていると、それを遮るかのようにパトリックが、「レヴィン城を案内してくれ」と言ってエスコートの形を取った。
「それなら、私もお供しましょう」
セルジュがそう言ったと同時に、「陛下」とニクラウスが止める。
政務室のある方向へ視線を向け、仕事が山のように残っていることを示唆してくる。
仕方なく、「それでは、レヴィンに任せるとしましょう。サバトルド王国に比べて何もない城で恥ずかしいのですが、兄弟水入らずでお楽しみ下さい」と牽制も込めて兄弟ということを強調し、レヴィンを抱きすくめると頬に唇を寄せた。
「セ、セルジュ……」
「仕事があるのでまた後ほど」
それだけ言い残すとセルジュは政務室へ向かった。
室内に入れば、臣下たちが書類片手に揉めている。この光景にも慣れたもので、その横を素通りし、さらに奥にある自分の執務室へ向かった。
後から入って来たニクラウスに、「護衛は?」と聞けば、抜かりなく配置させていると答えが返って来た。
「気が気でないのは分かりますが、レヴィン殿下のことはお任せください」
「分かった」
それにしても、パトリック王子のあの恨みの籠った目は、何度見ても忌々しいものだった。
自分の物を攫った悪者だとでも言いたげに、こちらを見る目を潰してやりたくなる。ふと、気性が荒くなっていることに気がつき、大きく息を吐き出した。
「ところで、パトリック王子に聖皇教会の話を振ってみるべきだろうか?」
セルジュはニクラウスに助言を求めたが、彼は軽く肩を竦め、「かわされるのがオチです」と言う。
確かに、普通の人間なら多少の動揺を見せるかもしれないが、パトリックに関して言えば、そんな素振りは見せないだろう。
「教会建設の件、臣下たちは何と言ってる」
「国民も含めて、建てなくても問題はないという意見の方が多いかと思います」
「もし、中央都市が戦争を仕掛けて来たら……?」
「痛み分けということになりそうですね。ですが、中央都市と聖皇教会は任せておいて下さい」
何か秘策でもあるのかと尋ねると、ニクラウスは、「脅しのネタを探すのは得意なんです」と恐ろしいことを言う。
一体、どんな弱みを握ったのか、本当にこの男だけは敵じゃなくて良かったと思う。
「教皇が幼少期に恩を受けた人間がいまして、その方は現在、隣国で孤児院を営んでいるのですが、教皇は名を伏せて毎年多額の寄付をしてます」
「ふぅん?」
「運営者は教皇の初恋の相手らしいです」
どうやら、密偵の話では、月に一度、お忍びで出かけることがあり、それがその孤児院で、訪ねるでもなく遠くから見ているだけだと言う。
初恋の相手だという情報は、一緒に同行した密偵に教皇が気を許して漏らした話だと言う。
「いつの間に教会に潜り込ませたんだ……」
「陛下に無茶な行動をさせないためですよ! あなた放っておくと、とんでもないことしようとするでしょう。カトリーヌ嬢の品物の件だって、ひったくりを推進しようとするし!」
ニクラウスは息を切らせながら捲し立ててくる。
確かに、そんなことを言ったかも知れないな、と過去の言動を思い出し、ふと思い当たることを口にした。
「ということは、カトリーヌ嬢が教会から持って帰る品が何なのか分かったのか?」
「はい、葉巻です。しかも幻覚作用の高い……」
驚くことにオメガの誘惑香まで葉に混ぜてあるのだと説明してくる。
既に長年愛用している者は、中毒に陥り、その葉巻がないと生きていけないほどの思考に陥っていると聞かされ、カトリーヌが誰にその葉巻を使用するように促しているのかセルジュは分かってしまった。
「……カトリーヌ嬢に一度接触した方が良さそうだ」
「ですね」
過去の教会が起こした混乱も、その葉巻が原因の可能性が高そうだとセルジュは思う。確信はないが、ライナーもその被害者なのではないだろうかと、しばし物思いに耽った――――。




