37❊興味を持たないで下さい
秋の空の下、絹色の髪を靡かせたレヴィンを陰から見守っていると、背後から迫る不審な足音を読み取った。
セルジュは、そっと腰に帯びた剣の鞘に手をかける。これは騎士としての当然の習慣だ、いくら城内であろうが安心は出来ない。
「やめてくださいよ。優秀な部下の首を刎ねるつもりですか」
「ニクラウスか……」
背後に誰が来たのか分かったセルジュは、安堵の息を吐き出した。
「一体、何をしてるんですか」
こちらの行動が不審に見えているのか、眉根を寄せたまま、ニクラウスが怪しい人物扱いしてくる。
「一緒に馬に乗りたいのだが……、駄目だと言われたのでここで見守っている」
つまり、レヴィンの希望を叶えている最中だと説明した途端、明らかに呆れた顔を見せた。
彼は、そのままで良いので聞いてください、と言いながら鞄の中から書類を取り出し、それをセルジュに手渡してきた。
「先ほど部下が、カトリーヌ嬢の情報を持って来ました」
それを聞き、セルジュは場所を変えることにした。どんな些細なことでも、聖皇教会に関する話をレヴィンの耳に入れたくなかったからだ。
裏庭から中庭へ続く道、その途中にある貯水槽の近くまで移動し、近くの花壇に腰を落とした。
「いつも教会から何かの品を持って出てくるようです」
「カトリーヌ嬢が教会から持ち帰っている物はどのくらいの大きさだ?」
「さほど大きな物ではないようです」
女が持ち出し可能なら重たくもないだろう。
それにしても、頻繁に出入りしている理由は何だろうか、報告書を見る限り月に二回ほど出入りしている。
サバトルド王国から聖皇教会へ出向くには、行きと帰りだけで五日以上もかかる。そこまでして訪問する理由が見つからないが、毎回持ち帰る〝物〟が何なのかが問題だ。
「わざわざ、月に二度も聖皇まで出向くなら、よほどの物なんだろうな」
「うーん、ですが、普通、教会側は献金を受け取る側であって、信者に何かを渡すことは殆どないと思うのですが」
ニクラウスの言う通りだ。ましてや、教皇がわざわざ持たせるとなると、普通の品ではないだろう。
「侯爵邸に密偵を潜り込ませることが出来ないなら……、その荷物を奪い取るしかないな」
「なっ、強奪なんて、いくらなんでもやりすぎです!」
慌てたようにニクラウスが言うが、「荷物を確認するだけだ、すぐに返す」とセルジュは言い返した。
「そんな危険を犯してまで確認しなくてはいけないほど重要な物でしょうか?」
確かに、自分でも何故こんなに気になるのか謎だが、教皇の蛇のような、ねっとりした性格を考えると、何か企んでいる気がして焦慮に駆られる。
レヴィンの参拝の件は不問にすると言ったが、使えそうな駒を簡単に諦めるとは思えなかった。
それに、聖皇教会が階級制度の撤廃を持ち出したことも過去とは違い、かなり早い段階で始まっている。
――少しずつ過去とずれが……。
セルジュが起こした行動は、さまざまな歪みを生み出している。
その中でもっとも大きな問題は、過去では教会と敵対していたサバトルド王国が、手を組むのではないかという危機感も感じている。
「カトリーヌと教皇の関係だが――」と、セルジュがニクラウスに言葉をかけた時、ガサリと足音がした。
「殿下」
そう言ってニクラウスが膝をついた。険しい表情をしたレヴィンを見る限り、カトリーヌと教皇の名を出していた所までは聞き取ったのだろう。
「……こんな薄暗い場所で、男二人なにをイチャイチャと……」
「っ、殿下! 気色の悪い言い方をするのはやめて下さい」
もちろん冗談で言っているのだろう。レヴィンは重要なことを聞き出したい時ほど、後回しにする性格だ。
すっと身を引くように一歩下がったニクラウスが、「それでは、また何かあればご報告にあがります」と言って立ち去る。
「私のせいで逢引を邪魔したな」
「レヴィン、妬かないで下さい」
セルジュは腰掛けていた花壇から立ち上がるとレヴィンに近付いた。
先ほどの話に関して気にしている様子もなく、微笑みを浮かべているが、それはすぐに豹変した。
「それで、カトリーヌ嬢と教皇は何をしでかすつもりなんだ」
「レヴィン……、あなたは気にしなくても良いことです」
その言葉を聞いた途端、美麗な顔がさらに美しく怪しい表情になった。あまりにも攻撃的な顔にゾクッと鳥肌が立ち、勝手に喉が鳴る。
どうして、この人はここまで自分の官能を揺さぶるのだろうか。王族が人を操る術を子供の頃から身につけているとはいえ、反射的に跪きたいと思えるとは……、とセルジュが一歩引いた時、「私には知る権利もないと言いたいのか?」と彼は寂しそうな顔をした。
「レヴィン、決してそういうわけではないのです。ただ、あなたに精神的な負担を与えたくないだけです」
「ということは、私に関することなんだな」
ああ、とセルジュは額に手をやった。墓穴を掘ったあとで後悔しても遅い。勘のいい彼を甘く見ていた自分が悪いのだから、もっと言葉に気を付けるべきだったのだ。
レヴィンはセルジュに背中を向け、「部屋に戻る。付いて来い」と言う。
尋問される側がこんなにも嫌な気分になるなら、今後はニクラウスに配慮してやった方がいいかもなと、レヴィンの後に付いて行った――。
部屋に戻り、「そこに腰掛けろ」と長椅子に座るよう指示してくる。仕方なく、セルジュは言われた通りの場所に腰を落とした。
こちらの様子を見ながら、レヴィンは自分の調度品の引き出しを開けると、薬剤を包む紙を持ち出し、セルジュの前に置いた。
「何です……これは?」
「促進剤といって、私のような発情期が不規則なオメガが使う薬だ」
大体の筋書きが読めてしまったセルジュは、「それを使うのですか?」と聞いた。
「べ、別に使うとは決まってない……、ただ、お前は強情だから、その……」
セルジュは立ち上がると、レヴィンを腰に抱えて座り直した。
あたふたする様子を眺め、つくづく困った人だと思う。確かに、誘惑されてしまえば、ペラペラと喋ってしまう可能性はある。
だが、レヴィン自身だって辛いだろうし、快楽に落とし込んでしまえば、尋問どころではないはずだ。
「レヴィン、それを使うと、俺はどうなるのでしょう」
「え、っと、私の……身体が……発情するから」
「はい」
困る様子を見て楽しむとは自分も意地が悪いなと思いつつ、「発情するから、どうなるのです?」と分かっていることを更に聞いた。
「し、知らない! それはアルファの方が詳しいだろ!」
顔どころか耳まで赤くなったレヴィンが抗議してくる。これ以上、怒らせてしまうと寝所を別にすると言い出しかねないので、セルジュは仕方なく、カトリーヌと教皇の話だけを手短に説明することにした。
「レヴィン、そんな物は使わなくても、どうしても知りたいのなら話します。ですが、興味は持たないで下さい」
「分かった」
セルジュは教皇の所に頻繁に出入りするカトリーヌが何かを持ち帰っていることを正直に告げた。
眉根を寄せたレヴィンが、「教会が信者に品を渡す?」と自分とまったく同じ疑問を持ったようだった。
「やはり……、献金をもらうことはあっても、何か物を持たせるというのは変ですよね」
「ああ、貴族を〝金を産む卵〟程度にしか思ってないからな」
その辺りのことはレヴィンの方が圧倒的に詳しい。何せ彼が子供の頃から教会はサバトルド王国に対して、オメガの規制と保護を訴えていたのだから。
自由国としてオメガを規制したり保護収容することは出来ないと、国王陛下がそれを突っぱねる代わりに多額の献金を行っていた。
本来ならあと一年で教会とサバトルド王国での確執が生まれ――、とセルジュは記憶の断片をかき集めた。
あの確執の決定打は何だったのだろうか、と教会の要求が何だったのかが気になった。その後、あっという間に庶民は教会支持派になり、貴族も賛同派が増えた。
「それで、私はどう関係している?」
「実は教皇閣下はあなたに興味があるようです」
「私に?」
驚いた顔をする彼は、「どうして私などに興味を持つのだ」と不思議そうに言う。あまりにも、自分のことを過小評価しているレヴィンに小言を言いたくなったが、とりあえず、話の流れが変わってしまうため、そのまま話を続けた。
「高貴なオメガに興味があるようです。以前、定期的な教会への参拝にレヴィンを寄こすようにと聖皇教会から書状がきてました」
「ふぅん、別に行っても問題っ――」
「いや問題だ」
唸るように拒絶の言葉を出した。今まで自分がこれほど強い態度に出たことがなかったからなのか、レヴィンは怯えた目をした。
決して怖がらせるつもりはなかった。彼が軽い口調で『行ってもいい』と言った瞬間、焦りが先に出て、つい部下を叱りつけるような言い方が出ただけだった。
「レヴィン、先ほども言いました。興味は持たないでくれと」
「ああ、そうだった……」
か細い声で、「悪い」と謝る言葉がセルジュの耳に届いた。こちらの顔をじっと見つめてくる瞳が切なく揺れる。彼なりに、何かを察したのか、「お願いだから危険なことだけはしないでくれ」と潤んだ瞳で訴えかけてくる。
「危険なことは何もしません」
「本当か? お前の戦争時代の話をニクラウスから聞いたぞ、いつ死んでもおかしくなかったと……」
しゅんと沈んだ声を出すレヴィンの頬を手の甲で撫でたあと、セルジュは指で顎をつまんだ。
余計なことを言ったニクラウスを罰するべきか、それとも自分を心配してくれることを喜ぶべきなのか、セルジュの心に複雑な気持ちが宿った。
ふと、机に放りだされたままの薬剤が目に留まり、「せっかくですから、その薬飲んでみてください」とお願いした。
「……っ飲まない」
「どうしてですか、飲むつもりだったのでしょう?」
レヴィンの髪をかきあげると、首元まで真っ赤に染まっている。こんなに初心な人なのに過去の伴侶達とはどれ程の頻度で身体を重ねて来たのだろうか……、そう思うと急に乱暴な思考が自分の脳内を占拠し始める。
オメガが発情期に、どんな淫らなことをしてくるのか、セルジュだって知らないわけじゃない。腰をくねらせ、卑猥な言葉を使い、アルファを欲しがる。
――この人が、そんなことをして来たのだろうか。
過去は過去と割り切っていても、淫らなレヴィンの姿を見た者達すべての目を抉り出してやりたいと思ってしまう。
「レヴィン……」
「なんだ?」
「俺を愛してますか?」
「……っ、き……決まってるだろ」
出来れば言葉が欲しかったが、これ以上要求すれば、本気で逃げられてしまうと思ったセルジュは、「良かった」とだけ呟いた――――。




